2013年3月31日日曜日
Lady Anna(本)
【書誌情報】
Anthony Trollope, Lady Anna, Chapman & Hall,1874
【あらすじ】
ラヴェル伯爵は若く、家柄は良いが貧しいジョゼフィン・マレーと結婚し、二人の間には女の子が生まれた。しかし、伯爵は「私たちの結婚は無効で、子供は私生児だ。私の正妻はイタリアにいる」と妻に告げる。マレー一族は伯爵夫人、ジョゼフィンを庇護しなかったので、母子は知り合いの仕立屋、スワイト氏の元に身を寄せ、 スワイト氏は住居の提供だけでなく金銭的な援助も行った。数年後に伯爵は死亡し、爵位は遠縁の親戚が承継することになったが、「伯爵とジョゼフィンの結婚は有効なのか、莫大な遺産は誰が相続するのか」について爵位を相続した若き伯爵とラヴェル伯爵夫人ジョゼフィンは裁判で争うこととなる。一方、伯爵夫人の娘、アンナは仕立屋の息子である幼なじみのダニエルと密かに婚約する。しかし、アンナの親戚、特に母親は身分の低い仕立屋との結婚に猛反対する。「若伯爵とレディ・アンナが結婚すれば爵位、財産共にあるべきところにおさまる」という理由で周囲は二人を結婚させようとし、若き伯爵も美しく慎ましやかなアンナに好意を持つが、既にダニエルと婚約していたアンナは伯爵の求愛、周囲の説得に応じない。
【コメント】
アントニー・トロロープはディケンズと並び、ヴィクトリア朝にはよく読まれた作家でした。日本では21世紀になってからちらほらと翻訳が出版されているようです。ヴィクトリア朝小説のご多分に漏れずやや冗長の感もありますがおもしろく読めます。トロロープの傑作はThe Way We Live Nowだと言われていますが、作者自身は本作がお気に入りだったそうです。
ストーリーはロマンチックで、ヒロイン、レディ・アンナは一族の財産と爵位の保護のため、若き伯爵との結婚をすすめられ、ヒロインの母親の伯爵夫人は「私の言うことを聞かないで仕立屋と結婚しようとするくらいなら死んだ方がいいのに」とまで言うのに、アンナは幼なじみの仕立屋、ダニエル・スワイトとの恋を貫くのでした。ただしダニエルとアンナのロマンスについての言及は少なく、裁判の動向と、ラヴェル伯爵夫人とアンナの母子関係が小説の中心です。夫に追い出され、身分もお金もなく辛酸を舐めたラヴェル伯爵夫人でしたが、裁判結果は彼女の望んだ通りになります。しかし、高い身分を得るために「邪悪」な伯爵と愛のない結婚をするほど身分を重視する彼女でしたので、20年ほどもあらゆる面で援助を惜しまなかった仕立屋の息子がアンナと結婚しようとすると「仕立屋など娘の靴紐を結ぶのにすら値しないほど卑しい」と言って阻止しようとします。「すべて娘のためを思って、ここまで苦労してきた」と言ってレディ・アンナを意のままに操ろうとし、無一文でシングルマザーだった時代に庇護してもらった恩を仇で返すラヴェル伯爵夫人の姿には寒々とします。
ディケンズのように登場人物が戯画化されていなくて、温厚で現実味のあるキャラクターが多いです。中でもレディ・アンナとダニエルのキャラクターが魅力的です。アンナはおとなしく、しとやかなのに頑固といえるほど意志が強く、一度決めたことは曲げません。ダニエルは身分の高い人々が相手でも怯むことなく、自分が正しいと思ったことを堂々と話します。世襲財産ではなく、労働によって生活することに誇りを持っていて、身分違いの結婚は不名誉ではない、と言います。アンナは美男で物腰柔らかな若き伯爵に惹かれるところもあったようで、その微妙な心情にも言及があります。
本書のテーマの一つは、「人間の頑固さ」で、主要登場人物は自分の意志・主張を曲げず、和解しないまま遠く離れる結末となっており、少し寂しい気もしますが、おとぎ話ではないので、それはそれでいいのでしょう。
絵はレイトン卿の「メイ・サートリスの肖像」です。小説は1830年代が舞台であるところ、肖像画が描かれたのは1860年なので、少し時代が違いますが、大きな羽飾りと赤いリボンをつけ、大人のような服装なのに、心細そうな面持ちなのがレディ・アンナのイメージです。
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