Human Croquet(本)

Frank Cadogan Cowper, 'Rapunzel'
【書誌情報】
Kate Atkinson, Human Croquet, Picador USA,1997

【あらすじ】
フェアファクス家はエリザベス1世の時代、広大な地所と屋敷を持ち女王自身が宿泊したこともあった。 領主はどこからかやってきた謎めいた娘と結婚するが、夫人は出産後、森に消えた。時代が下り、1960年代になると同家はすっかり没落していた。末裔である16歳のイソベルの父は第二次世界大戦の英雄だが戦後は田舎に埋もれ、母はイソベルと兄のチャールズが幼い頃に駆け落ちしたと聞かされていた。母の失踪後、父も外国に行ってしまい、兄妹は魔女のような父方の祖母と伯母に育てられたが、父は7年後に後妻を連れて戻ってきた。隣家の家庭的で親切なバクスター夫人は両親のない二人を援助してくれたが、夫人は暴力的な夫によるDV被害にあっていた。ずっと母に戻ってきてほしいと願っていたイソベルが16歳の誕生日を迎えたときから、タイムスリップなど奇妙な現象が起こり始める。

【コメント】
ケイト・アトキンソンはジャクソン・ブロディ探偵シリーズ(既刊4冊)の他、短編集Not the End of the World(『世界が終わるわけではなく』)等の著作があります。ミステリと短編集ではずいぶん雰囲気が違いますが、本書はミステリとファンタジーと現実が入り混じった、不思議というよりも「不思議ちゃん」な小説です。

おとぎ話、ギリシア神話、伝説、デカメロンなどへの言及が随所に見られ、シェイクスピア戯曲の台詞からの引用も多いです。イソベルの生きる20世紀の田舎も、おとぎ話や伝説を反映しています。イソベルの父が半ば人間ではないような神秘的な宿命の女と結婚する、というところからしてファンタジー的です。森に消えた母は二度と戻ってきませんでした。イソベルと兄の「ピクニックに行って、両親に取り残され、魔女のような人に育てられる」という幼年期は「ヘンゼルとグレーテル」ですし、父親に虐待され、閉じ込められる隣家の娘はちゃんと長い髪の毛をしていて「ラプンツェル」を思わせるのでした。現実から数センチ浮いているような、ふわふわとした文章ですが、このグリムの森(かつシェイクスピアのアーデンの森)の現実は悪夢のようで狂気をはらんでいます。主人公の継母がちょっと頭がおかしいというだけでなく、子供たちは大人に搾取され、殺人、DV、子捨て、近親相姦、誘拐なども日常の一部としてさらっと起こります。

複数の要素が含まれているのはおもしろいですが、砂糖衣に包まれたグロテスクな現実は読んでいて悪酔いしそうです。アトキンソンの特徴として、たくさんの登場人物と事件を出し、複雑にからんだ世界を作り上げるということがありますが、本書では大風呂敷を広げすぎてテーマが拡散しており、結末で逃げている感じなのが残念です。ただ、全体に「少女」の情緒が漂っているところがいいな、と思いました。

コメント