I am Madame X (本)

John Singer Sargent, 'Madame X(Virginie Gautreau)'
 【書誌情報】
Gioia Diliberto, I am Madame X, Scribner, 2004

【あらすじ】
ヴィルジニー・アヴェンノはニューオーリンズで砂糖プランテーションを営むクレオールの家庭に生まれたが、父の死、南北戦争などをきっかけに母と妹とともに渡仏し、パリに住んだ。成長するとその容姿、ファッションセンス、ピアノの演奏によりパリ社交界の花形となる。ヴィルジニーはハンサムな医師、サミュエル・ポッジとの恋に破れ、親子ほども年の離れた裕福なピエール・ゴートローと結婚する。アメリカ人だがヨーロッパで活躍し、19世期末のパリで大人気だったサージェントはヴィルジニーの肖像画を描きたいと申し出る。露出の多いドレスを着た上流階級の夫人の肖像画はサロンで公開されるや、スキャンダルとなる。
ジョン・シンガー・サージェントの'Madame X'のモデルとなったヴィルジニー・ゴートローの回想記の体裁をとった小説。

【コメント】
サージェントの'Madame X'はニューヨークのメトロポリタン美術館に所蔵されています。個人的には夕暮れの光が見事な'Carnation, Lily,Lily,Rose'や、ボストン美術館にある「エドワード・ボイトの娘たち」の方が好みですが、「マダムX」はドラマチックでインパクトのある一枚です。

カトリックの女子校、ピアノのレッスン、フレデリック・ウォルトなどの当時人気のあった衣装デザイナー、お化粧(ヴィルジニー・ゴートローはモーヴがかった白粉を塗り、髪の毛はヘンナで赤褐色に染め、耳に紅を差すといった個性的なメイクをしていたそうです)、パーティ、オペラなど何かあると背景に花が出てくる少女マンガのような甘味の強い小説です。サージェントの描くゴートロー夫人は威厳があり、神秘的ですが本書に書かれる彼女は虚栄心が強く、人々の注目を浴びることに喜びを感じる性格です。彼女の叔母で、意に沿わぬ結婚を強いられそうになって自殺をはかり、後にパリに出て画家となるジュリーという女性がむしろ興味深いです。なお、実在のジュリーさんは夭逝し、画家になったくだりはフィクションだそうです。同様に本書のかなりの部分は史実には忠実でないようです。


サージェントは小説でゴートロー夫人と愛人関係にあったとされているサミュエル・ポッジ医師の肖像画も描きました。真っ赤な部屋着を着たこの作品について、ゴートロー夫人は「悪魔みたい」との感想を持ちます。ポッジ医師はプルーストの『失われた時を求めて』のコタール医師のモデルとなった人物です。

19世期末のパリでは日本や中国の家具調度などが流行しました。芸術に造詣の深い趣味人であったゴートロー氏が、出会ったばかりのヴィルジニーのお母さんの自宅の、ロココ風なインテリアを「下品」と言って屏風や漆塗りなどの東洋趣味の家具に入れ替えると、そのサロンはオシャレという評価が高まって人気が出た、という部分がおもしろいです。

「マダムX」は当初ゴートロー夫人が着ているドレスの右肩のストラップが腕のところまで外れかかっていて、そのこともスキャンダルになりましたが、サージェントは後に描き替えました。パリのルクセンブルク美術館にはストラップが外れかかっているバージョンがあるそうです。「マダムX」をめぐるスキャンダルに嫌気が差したサージェントはロンドンに渡り、肖像画を多く受注し、パリに戻ることはありませんでした。晩年には貴族や大金持ちのご機嫌をとりながら肖像画を描くことも嫌になり、ボストン公立図書館の壁画などを描きました。壁画は今でも図書館に行くと見られます。



一方、ゴートロー夫人はサージェントの肖像画により世界中で有名になり、現在で言う「セレブ」のようになりました。彼女を描きたいという画家も多く現れました。他の肖像画を見ると、サージェントが他の画家とは一線を画す存在であったと同時に、いかにモデルを絶妙に美化する才能の持ち主であったかが分かります。

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