2013年3月31日日曜日
Lady Anna(本)
【書誌情報】
Anthony Trollope, Lady Anna, Chapman & Hall,1874
【あらすじ】
ラヴェル伯爵は若く、家柄は良いが貧しいジョゼフィン・マレーと結婚し、二人の間には女の子が生まれた。しかし、伯爵は「私たちの結婚は無効で、子供は私生児だ。私の正妻はイタリアにいる」と妻に告げる。マレー一族は伯爵夫人、ジョゼフィンを庇護しなかったので、母子は知り合いの仕立屋、スワイト氏の元に身を寄せ、 スワイト氏は住居の提供だけでなく金銭的な援助も行った。数年後に伯爵は死亡し、爵位は遠縁の親戚が承継することになったが、「伯爵とジョゼフィンの結婚は有効なのか、莫大な遺産は誰が相続するのか」について爵位を相続した若き伯爵とラヴェル伯爵夫人ジョゼフィンは裁判で争うこととなる。一方、伯爵夫人の娘、アンナは仕立屋の息子である幼なじみのダニエルと密かに婚約する。しかし、アンナの親戚、特に母親は身分の低い仕立屋との結婚に猛反対する。「若伯爵とレディ・アンナが結婚すれば爵位、財産共にあるべきところにおさまる」という理由で周囲は二人を結婚させようとし、若き伯爵も美しく慎ましやかなアンナに好意を持つが、既にダニエルと婚約していたアンナは伯爵の求愛、周囲の説得に応じない。
【コメント】
アントニー・トロロープはディケンズと並び、ヴィクトリア朝にはよく読まれた作家でした。日本では21世紀になってからちらほらと翻訳が出版されているようです。ヴィクトリア朝小説のご多分に漏れずやや冗長の感もありますがおもしろく読めます。トロロープの傑作はThe Way We Live Nowだと言われていますが、作者自身は本作がお気に入りだったそうです。
ストーリーはロマンチックで、ヒロイン、レディ・アンナは一族の財産と爵位の保護のため、若き伯爵との結婚をすすめられ、ヒロインの母親の伯爵夫人は「私の言うことを聞かないで仕立屋と結婚しようとするくらいなら死んだ方がいいのに」とまで言うのに、アンナは幼なじみの仕立屋、ダニエル・スワイトとの恋を貫くのでした。ただしダニエルとアンナのロマンスについての言及は少なく、裁判の動向と、ラヴェル伯爵夫人とアンナの母子関係が小説の中心です。夫に追い出され、身分もお金もなく辛酸を舐めたラヴェル伯爵夫人でしたが、裁判結果は彼女の望んだ通りになります。しかし、高い身分を得るために「邪悪」な伯爵と愛のない結婚をするほど身分を重視する彼女でしたので、20年ほどもあらゆる面で援助を惜しまなかった仕立屋の息子がアンナと結婚しようとすると「仕立屋など娘の靴紐を結ぶのにすら値しないほど卑しい」と言って阻止しようとします。「すべて娘のためを思って、ここまで苦労してきた」と言ってレディ・アンナを意のままに操ろうとし、無一文でシングルマザーだった時代に庇護してもらった恩を仇で返すラヴェル伯爵夫人の姿には寒々とします。
ディケンズのように登場人物が戯画化されていなくて、温厚で現実味のあるキャラクターが多いです。中でもレディ・アンナとダニエルのキャラクターが魅力的です。アンナはおとなしく、しとやかなのに頑固といえるほど意志が強く、一度決めたことは曲げません。ダニエルは身分の高い人々が相手でも怯むことなく、自分が正しいと思ったことを堂々と話します。世襲財産ではなく、労働によって生活することに誇りを持っていて、身分違いの結婚は不名誉ではない、と言います。アンナは美男で物腰柔らかな若き伯爵に惹かれるところもあったようで、その微妙な心情にも言及があります。
本書のテーマの一つは、「人間の頑固さ」で、主要登場人物は自分の意志・主張を曲げず、和解しないまま遠く離れる結末となっており、少し寂しい気もしますが、おとぎ話ではないので、それはそれでいいのでしょう。
絵はレイトン卿の「メイ・サートリスの肖像」です。小説は1830年代が舞台であるところ、肖像画が描かれたのは1860年なので、少し時代が違いますが、大きな羽飾りと赤いリボンをつけ、大人のような服装なのに、心細そうな面持ちなのがレディ・アンナのイメージです。
2013年3月29日金曜日
3月の花・チューリップ
夫がホワイトデーに花を買ってくれるというので、イースターにユリを欲しいと思いました。でもまだユリには時期が早いようで、少し高かったのでチューリップにしました。卵の形の小物入れと一緒に飾りました。
チューリップと言えばオランダのチューリップ・バブルが思い出されますが、こんな民話もあるそうです。
ある美しい少女に3人の騎士が求婚をした。一人は黄金の王冠、もう一人は剣、最後の一人は財宝をもって愛をささやいた。しかし、三人の騎士から求婚された ものの、誰とも選べぬ少女は悩んだ末に、花の精霊に願い、自分を花の姿に変えてもらった。結納であった王冠は花に、剣は葉に、財宝は球根になった。そし て、花の姿に変えられた少女の名から、その花はチューリップと名付けられた。
また、「球根の糖度がきわめて高く澱粉に富むため、オランダでは食用としての栽培も盛んで主に製菓材料として用いられる。そのほか、花をサラダや菓子の添え物として生食することもある」とのことです(出典)。百合根のような感覚で食べるのでしょうか。17世紀頃のチューリップ・バブルに取材した小説、『チューリップ熱』もおもしろい小説でした。内容は「不倫と珍しいチューリップの球根を作ることをからめたような話だったか?」という程度しか覚えていませんが、意表をつく結末が印象的でした。
また、西アジアでもチューリップは重要な花で、オスマン帝国ではチューリップは豊かさと放蕩の象徴でした。オスマン帝国の最盛期は「チューリップ時代」と呼ばれたそうです(出典)。
チューリップは花弁の先が尖っているものや、レース状になっているもの、一重咲き、八重咲など種類が色々あるようですが、オーソドックスな丸い花弁のチューリップは、私にはランプか雪洞のように中に灯りが入っているように思えます。アンデルセンが中に小さな女の子が入っていると想像したのもなるほどと思うような形状です。
2013年3月28日木曜日
ルドゥーテの青い花
With these words he strolled out of the cornfield, gathered a harebell, rang it so loudly in the ear of a passing rabbit that it is said never to have stopped running till it found itself in France, (Eleanor Farjeon, Martin Pippin in the Apple Orchard)
He carried it to a pool in the middle of the jungle, and laid the heart inside a blue lotus-flower that grew in the middle of the pool. (Eleanor Farjeon, The Old Nurse's Stocking Basket)ルドゥーテは18~19世紀のベルギー出身の画家で、「バラの画家」として有名です。日本でも人気があり、展覧会が時折開催され、いろいろなグッズも販売されているようです。
とはいえ、私はルドゥーテのバラにはそこまで興味がありませんでした。バラは華やかで美しく、私にはもったいない気がしました。でもルドゥーテはバラ以外にも植物画を描いています。20世紀に販売されていた本のページをばらして、ネットオークションで1枚数ドルという価格で出品されています。2枚買ったので、そのうち額装して壁に飾ろうと思います。
華やかで重厚な花の絵が多いルドゥーテですが、イトシャジンは色数も少なく、可憐です。英名はharebell「野ウサギの鈴」と言います。日本ではあまり見ない花ですが、ヨーロッパの映画で時々見ます。詩人、キーツの生涯に取材した『ブライト・スター』で一面のイトシャジンのシーンがあったのが印象的です。キーツは病弱で短命だったので悲しい内容でしたが、絵のようなきれいな風景が満載の映画でした。
もう一枚は珍しい青いスイレンです。朝9時に開花し、夕方に閉じるそうです。エジプト神話における重要な花で、霊的な儀式に用いられました。現在ではお茶やワイン、香料の製造に使われているそうです。青いスイレンには鎮静作用があり、ホメロスの『オデュッセイア』に登場する「ロトスの実」はこの青いスイレンの実だった可能性があるそうです。「ハスなのか、スイレンなのか?」については、葉に切れ込みがあるところからおそらく「スイレン」ではないかと思うのですが、スイレンは果托(蜂の巣状でハスの実が入っている)ができないところ、Wikipediaには実を食べる旨の記述があります。また、日本語Wikipediaでは「スイレン属」として分類されているものの、英語名はblue lotusなので結局どちらなのかよく分かりません。
分類はさておき、スイレンは夏に池や鉢に浮かんでいると涼しげです。真っ赤な金魚が時々葉の間からチラッと見えたりするとさらに良いです。摘んできて飾る花ではないので、家の中に所有しようと思うと造花か、描かれた花しかないのだと思います。いつも少し遠くから眺める「手の届かない花」もなかなか良いと思います。
イギリスの児童文学作家、エリナー・ファージョンを愛読しています。ファージョンの物語はイギリスらしくたくさんの花に彩られています。イトシャジンは『リンゴ畑のマーティン・ピピン』に、青いスイレンは『年とったばあやのお話かご』に登場します。
2013年3月27日水曜日
Not the End of the World(本)
シャセリオー「姉妹」 |
Kate Atkinson, Not the End of the World, Doubleday,2002
【あらすじ】
「お母さんの誕生日プレゼントに何を買おうかしら?」から始まる、緩やかにつながった12の短篇集。
【コメント】
探偵小説、Case HistoriesのKate Atkinsonによる短篇集です。探偵小説とは雰囲気が異なり、作家名を知らないで読んだら同じ作者の作品とは気付かなかったと思います。
それぞれのお話の始めにオヴィディウス、ホメロス、英米の文学作品の引用があり、ギリシア神話への言及が随所に見られるのがお洒落です。一つ一つは独立したストーリーですが、他の話の登場人物が顔を出し、つながりがあります。
- 双子(ドッペルゲンガー)
- 誕生
- 結婚(式)
- 死、お葬式
- 配偶者をなくす
- ネコ
- 飛行機
- 食べ物
- テレビドラマ
同じモチーフの反復や、日常の繰り返しに倦むこと、誕生→結婚→死が繰り返されることなどはタイトルのNot the End of the Worldにつながるのだろうかと思います。食べ物が良く出てくるのは繰り返しの原動力だからでしょうか。そういえばテレビドラマも同じ曜日の同じ時刻に放映され、少しずつ話が進みます。'Temporal Anomaly'という一篇では主人公が経験する無限ループについても仄めかされています。ただ、Not the end of the world.というのは「たいしたことじゃない」という慣用句のようなものです。
ファンタジーの要素もあり、飛行機や自動車などは、異国だけでなく異世界へ行くことがある乗り物として扱われています。オヴィディウスはラテン語原文が引用されているので私には読めませんが、初めと終わりに配置され、どちらも『変身物語』からの引用です。『変身物語』はすべて人間や神々が動物や植物などに変身する共通のテーマについて語られるもので、全編を読むと「反復による時間の流れ」を感じさせる構成です。「繰り返し」と「転生すること」はなんとなく無関係ではなさそうです。
モチーフが、反復が、などと分析をし始めると少しつまらない感じになってしまいますが、ふわふわしているのに切なかったり、おかしかったりするお話の一つ一つが楽しい一冊でした。
私はシャーロット・ブロンテの『ヴィレット』が好きなのですが、『ジェーン・エア』と比べると影が薄い作品なので、本書で「ウェスト・エンドで上演された破滅的な『ヴィレット』の舞台」と書かれていたのが少しうれしかったです。実在しないと思いますが、どんなものだろうかと興味をそそられました。
2013年3月24日日曜日
ボストン名物
ボストン名物はクラムチャウダーが有名ですが、ボストン・ベイクドビーンズもあり、ボストンはBean Townと言われるほどです。この料理はインゲン豆を糖蜜(またはメープルシロップ)、黒砂糖、塩漬の豚肉(またはベーコン)で味付けしたもので、ポーク風味のシロップに豆が浸かっているような、甘い料理のようです。日本人が黒豆や小豆を甘くして食べるのを見て「豆が甘いなんてイヤだ」と思うアメリカ人もいるそうですが、私はむしろボストン・ベイクドビーンズは食べようとは思いません。でも、豆は安価で栄養価が高いですし、トマト味にして食べると結構おいしいです。
【ベイクドビーンズのようなもののレシピ】
- 乾燥白インゲン豆 100グラム
- 玉ねぎ 1/2個
- ニンジン 1本
- セロリ 1本
- ベーコン 3枚くらい
- トマト缶 200グラム
- 塩、コショウ、スパイスなど
- 豆を洗い、一昼夜水につけておく。
- 豆を茹でる。一度茹でこぼして水を替え、弱火で柔らかくなるまで1時間くらい茹でる。圧力鍋で茹でると時間短縮できます。
- 鍋にベーコンを敷き、油を出すように弱火で焼く。微塵切りにした野菜を炒める。
- トマト缶、豆、水200ccを加え、中火で20分くらい煮る。塩、胡椒で味をつける。
なお、ピーナツをシュガーコートしたボストン・ベイクドビーンズというお菓子もあるそうです。
2013年3月21日木曜日
雪のビーコン・ヒル、パブリックガーデン
ドイツ語の授業の前にチューリップの写真を撮ろうと思い、少し早めに行ってパブリックガーデンに寄りました。
でもチューリップはまだなく、花はマンサクしかありませんでした。
天気が良かったです。雪景色がきれいでしたが、気温はマイナス5度くらいです。3月は冬だと思います。チューリップはまだまだ咲かないでしょう。でも柳の新芽は少し芽吹いているようです。
ビーコン・ヒルを散策しました。赤煉瓦の建物ももちろんですが、ガス灯が古い映画のような雰囲気です。
ボストンのゲーテ・インスティトゥートです。外装、内装ともにゴージャスです。早く暖かくなってほしいものです。
でもチューリップはまだなく、花はマンサクしかありませんでした。
天気が良かったです。雪景色がきれいでしたが、気温はマイナス5度くらいです。3月は冬だと思います。チューリップはまだまだ咲かないでしょう。でも柳の新芽は少し芽吹いているようです。
ビーコン・ヒルを散策しました。赤煉瓦の建物ももちろんですが、ガス灯が古い映画のような雰囲気です。
ボストンのゲーテ・インスティトゥートです。外装、内装ともにゴージャスです。早く暖かくなってほしいものです。
2013年3月19日火曜日
Family Album(本)
暖炉にの周りにド・モーガンのタイルが貼られた家だったそうです |
【書誌情報】
Penelope Lively, Family Album, Penguin Books,2009
【あらすじ】
エドワード朝様式の大きな家に住む、作家のチャールズと、その妻のアリスンには6人の子供たちがあった。アリスンは専業主婦を天職とするような人で、「理想の家庭」を築くために家族のイベントを重視し、料理に腕をふるった。一家とともに常に子守のイングリッドがいた。子供たちは問題児ポール、早熟なジーナ、美人でファッションセンスのあるサンドラ、心配性のケイティ、秀才ロジャー、運動神経抜群のクレアとそれぞれに特徴的で、成長すると故郷のイギリスを離れて別々な道を歩むが、折々に生家に帰省し、幼少期を回想する。
ペネロピ・ライヴリーは現代イギリスを代表する作家の一人。児童書を含む50冊以上の著作がある。Moon Tigerでブッカー賞を受賞している。
【コメント】
大家族、特に大勢の兄弟姉妹の登場する小説は設定からして魅力的です。本書は1970~2000年代初頭のイギリスの一家の物語です。大家族のメンバーが回想する、一つ一つは短い異なる時期のできごとは家族のスナップ写真集を見るようでもあります。30年以上に渡る一家のアルバムを眺めると、その人たちのことを少し知ったような気もするけれど、実際には写真からは分からないことの方が多く、写真が他人に与える印象と写っている当人達の記憶が乖離しているように、語り手と読み手との間にもギャップがあるし、語られないことの方が多いものだと思いました。
子供を6人も育て、大きな家を管理し、おいしい家庭料理でもてなし、いつも朗らかな一家の主婦であるアリスンは一見模範的な主婦のようですが、自分の「家/家庭」の理想にこだわりすぎて他人の思惑には無神経です。夫を蔑ろにするほど我が子に全身全霊を費やしているにもかかわらず、実のところ子供たちが何をして遊んでいるかについてすら把握していません。いつもポーカーフェイスの子守のイングリッドが、善意のエゴイストになりがちなアリスンに時折ツッコミを入れるのがおかしいです。
子沢山で、書斎にこもることの多い著述業の旦那さんがいて、大勢で食卓を囲む場面があるなど、私にはヴァージニア・ウルフの『灯台へ』を思わせる部分がありましたが、『灯台へ』の中心的人物である優雅で求心的なラムゼイ夫人に似たところは本書のアリスンにはありません。むしろ彼女はラムゼイ夫人の裏返しのようなキャラクターで、ご馳走とか、家族の記念日のイベントなど、物質的な要素で人を集め、しゃべる内容に重みがなく長男に「お母さんのおしゃべりは壁紙のようなものだ」と言われます。実質は「モノ」で人を集めているだけだったアラースミードが経済的基盤を失った途端に一家の手を離れざるを得ないのは当然だったのでしょう。
なお、本書のカバー袖には「絵葉書のような光沢の底には疎遠な父親や、説明できない感情の爆発、ずっと隠されてきた誰も話そうとしない秘密の陰りがあった」と書かれていますが、並外れてエキセントリックな人物や、恐るべき秘密が隠されているわけではなく、むしろ全体としては穏やかな印象です。真面目なイギリス小説で、さりげなくハーディが引用されていたりします。一家の人々の性格に個性があるところも興味深いです。
2013年3月17日日曜日
BSOの「オルガン付き」
本文と関係ありません。ボストン美術館所蔵 |
ボストン交響楽団のコンサートに行きました。指揮者はクリストフ・エッシェンバッハ、曲目は
- モーツァルト 交響曲第41番「ジュピター」
- トーマス チェロ協奏曲第3番
- サン・サーンス 交響曲第3番 オルガン付き
モーツァルトは聴きやすく、きれいな曲です。夫は「毒にも薬にもならん音楽やな」と言っていました。トーマスのチェロ協奏曲は世界初演だそうです。コンサートに行くと1曲くらいは現代音楽がプログラムに含まれ、いつも前衛的で変だと思うのですが、この音楽はその中でも並外れて変だと思いました。キーン、ピーン、フォーーーンという音ばかりで頭が痛くなりました。
サン・サーンスのオルガン付きは好きな曲でしたが、録音を聴いたときに3くらいのインパクトを受けるとすれば、ライヴ演奏の印象は100くらいで、目覚ましい感動的な体験でした。録音だとオルガンが低音を演奏している場合や、ピアニシモの音はあまりよく聴こえないか、管楽器の音のように聴こえて、私はこれまでに何度もCDを聴いているにも関わらず、てっきり「オルガンは4楽章まで登場しない」と思っていました。ライヴで聴いて初めて2楽章でもオルガンが演奏されることを知りました。近年は録音の精度が上がり、スピーカーも高性能のものが販売されているのでしょうが、オルガン付きをホールで聴くと音が立体的です。オルガンの音が空気を振動させ、直接心臓に響きます。美しい音に包まれ、体内まで浸透してくる感じが良いです。この交響曲は、クライマックスに向かって盛り上がり、パフォーマンス性が強いところが演劇かお祭りのようだと思います。最後がテインパニの花火で終わるのも格好良いです。
これは一生に一度はホールで生演奏を聴きたい類の音楽だと思いました。観客も興奮しすぎて、演奏が完全に終わる前に拍手を始めていました…(勘弁して)。
本来は別のコンサートを予定していたところ、大雪でキャンセルになってしまったためチケットを交換してもらったのでしたが、そうでなければオルガン付きは敢えてコンサートに行こうとはしなかったと思います。キャンセルになったことが却って良かったほどでした。
同じコンサートについての夫の感想。理系エンジニアなのに文才があって嫉妬。
2013年3月14日木曜日
ブレッド&バタープディング
イギリスの料理は見栄えがしません |
フレンチトーストとよく似ていて、違いは「フライパンで焼くか、オーブンで焼くか」というだけだと思います。フレンチトーストは焼くのが難しく、表面は焦げているのに中の方は生っぽいということが起こりがちですが、ブレッド&バタープディングは中まで十分火が通っていて表面はカリッとしています。また、フレンチトーストを作って、卵液が余るともったいないですが、プディングは液体ごと焼くのでその点も問題になりません。レーズンがアクセントになっていておいしかったです。それと、卵白を使わず卵黄だけを使っているためか、食感が良いと思いました。なお、レシピは全卵を使うと書かれているものが多いです。結論としては、オーブンがある限りフレンチトーストでなくブレッド&バタープディングを作ろうと思いました。
2013年3月13日水曜日
ヴォイジーのミモザ
シカゴ美術館で買った、ロイド・ライトのデザインを翻案したフォトフレームに絵葉書を飾っていましたが、ほとんどの絵葉書は原画の10分の1以上のサイズに縮小されていますから、壁に飾るとやや貧相な感じになってあまり映えません。我が家は南向きには窓がなく、間接照明ばかりでどこもあまり明るくないので、縮小した絵は細部がよく見えません。
C.F.A.ヴォイジーの壁紙デザインの絵葉書を飾ってみました。絵画ほど大幅に縮小されていないこと、コントラストがはっきりしていることから白く(だだ)広い壁に飾っても見栄えがします。ロイド・ライトもヴォイジーもアーツ・アンド・クラフツの一員でしたから中身と額縁の相性も良いと思います。額の一部が欠けていること、(日本でも買える)MoMAのお土産をシカゴで買ったことについてはご愛嬌ということにしてください。
この壁紙のデザインは‘Callum’というらしいのですが、英和辞書には掲載されていなくて、英語で調べると「ゲール語由来で、鳩という意味。男性の名前」とのことです。カラムさんの依頼でデザインしたのでしょうか。描かれているのはミモザだそうです。花の部分は確かにミモザですが、ミモザの葉はオジギソウに似ていて、絵に描かれているのとは違う感じです。 とはいえ、たくさんのリボンのような少しカールした葉がこのデザインの魅力だと思います。
アーツ・アンド・クラフツに関連する家具やその他インテリア用品はたとえばこのお店などで買えるようです。きっと貴族とか映画スター御用達のお値段だと思いますが、写真を見るだけでも楽しいです。
2013年3月10日日曜日
The Importance of Being Earnestに登場するフィンガーフード
ヴィクトリア朝のお茶会 |
Why cucumber sandwiches? Why such reckless extravagance in one so young?【書誌情報】
Oscar Wilde, The Importance of Being Earnest,1895
【あらすじ】
Ernest(真面目な、誠実な、という意味のearnestと同じ発音)という名前の架空の人物を巡る4人の男女のドタバタ喜劇。
【コメント】
オスカー・ワイルドはヴィクトリア朝の上流社会に取材した喜劇をいくつか書きました。本作はジャックとアルジャーノンという男性が自分の名前を「アーネスト」だと恋人に騙り、騙された女性達は「まあ、ステキなお名前」といってそれぞれ婚約するものの、ジャックの田舎のマナーハウスに4人集結すると男たちの本名がバレて…という、ややバカバカしいストーリーです。台詞はところどころニヤリとさせられるひねりのきいたもので、女の子たちの暴走ぶりもおかしいです。
印象的なのは一つの戯曲の中でこれだけ色々食べるのも珍しいのではないかというくらい、登場人物がしょっちゅう何か食べていることです。十数年前に初めて読んだときには「キュウリのサンドイッチ」が高級品として扱われていることに驚いたものですが、それ以外にも紅茶と一緒に食べる軽いフィンガーフードのようなものを食べること、食べること。
本作に登場する食べ物は以下のものがあります。当時のイギリス上流階級の食生活が垣間見られるようで興味深いです。食べ物に関する情報はWikipediaを参照しました。
- キュウリのサンドイッチ 耳を落とした薄切りのパンにバターを薄く塗り、皮をむいてレモンジュースと塩で味付けをした薄切りのキュウリを挟んだ細長いサンドイッチ。近年はアメリカ発祥の、クリームチーズやスモークサーモンを挟んだバリエーションもあるものの、イギリス式のキュウリのサンドイッチはキュウリだけを挟みます。キュウリのサンドイッチは栄養価が低く、ヴィクトリア朝には、食べるときに第一に栄養面を考慮する必要のない、有閑階級の食べ物とされ、アフタヌーン・ティーには欠かせないものでした。一方、労働者階級にはより栄養価の高い、たんぱく質の挟まれたサンドイッチが好まれました。
- パンとバター ヒロインの一人、グウェンドレンは、Gwendolen is devoted to bread and butter.(パンとバターに目がない)と従兄に言われます。パンとバターといえばイギリス人にとっては日本人にとってのお米と海苔のような主食だと思うのですが、それにdevotedというのは不思議な感じがします。もしかすると、フレンチトーストに似たbread and butter puddingのことなのかもしれません。
- ケーキ グウェンドレンはもう一人のヒロイン、セシリーを自分の恋敵だと思い込みます。「この人は嫌いだけど、お茶はご馳走になろうっと」と言って、砂糖なしの紅茶とパンとバターを所望しますが、セシリーは嫌がらせにたくさん砂糖を入れた紅茶と大きく切ったケーキを出します。この、ちょっとかわいい嫌がらせにグウェンドレンは憤慨します。ケーキの種類は明らかにされていませんが、この中のどれかかと思います。
- ティーケーキ ジャックは「私はティーケーキが嫌いなんだ」と言います。Tea Cakeについては国によって異同があるようですが、イギリス式のTea Cakeはドライフルーツの入った甘いパンのようなものだそうです。アメリカ式のTea Cakeはスパイス入りケーキ、オーストラリアでは重く暖かいスポンジケーキをTea Cakeといい、Russian Tea Cakeはスノーボールクッキーを指すそうです。
- マフィン 「アーネスト」と婚約したと思っていたのに、婚約者の本名が違うことを知った女の子たちが怒って退場すると、ジャックとアルジャーノンが「マフィンが好き、ケーキ嫌い」と言って、マフィンを取り合い、相手にはケーキを食べさせようとするシーンはこの戯曲の中で特におかしい場面です。ここでのマフィンは甘くないイングリッシュ・マフィンでしょう。女の子たちは、婚約者が食べているのを見て、「マフィンを食べていたのね。きっと後悔しているんだわ」と言います。女性に怒られて後悔した時にはマフィンを食べると良いのですね。
2013年3月9日土曜日
Case Histories(本)
本文と関係ありません |
Kate Atkinson, Case Histories, Little, Brown and Company,2004
【あらすじ】
- 1970年 姉と屋外のテントで寝ていた4人姉妹の末子が失踪した。
- 1994年 父親の法律事務所でアルバイトをしていた若い美人が殺害された。犯人は黄色いセーターを着た特徴のない男で、被害者及び家族は他人に殺されるほど恨まれるような過去はなかった。
- 1979年 田舎での単調な生活にうんざりし、未来に希望の持てない若い主婦が斧で夫を殺害した。
【コメント】
日本でも最近話題の(?)作家、ケイト・アトキンソンの探偵小説です。主人公は過去に曰くのある、渋くて女好きのする人物ですが探偵らしい仕事はあまりしません。
それぞれの事件の扱いが異なっていて、犯人は思いも寄らない人物というケースもあれば、犯人探しはメインではなく、傷ついた被害者の家族の再生と新たな出会いとが中心となっているケースもあります。3つの事件に共通の○○などはありませんが、殺人や失踪事件に巻き込まれたために関係者たちの思いはしばしば事件当時まで遡り、現在とその当時と、その間の時を別々の登場人物の視点で行き来することにより、3つの家族と、ブロディ探偵自身の家庭の姿が浮かび上がってきます。物語が進行するにしたがい、3つの物語は緩やかに関連性を帯びてきます。
ラストはパズルのすべてのピースがあるべき位置に収まり、家族の死や失踪により痛みを負った人々は事件の真相解明により慰めを得ます。死者が戻ってくることはないけれど、ブロディ探偵の探偵としての仕事以上の力添えなどにより登場人物の置かれている状況は始まりよりも良くなります。少しご都合主義的な気もしますが、「物事がきちんと収まる」という終わり方は安心するものです。
アメリカでPage Turnerと呼ばれるような、読み始めるとやめられなくなる類の本だと思います。ただ、私はミステリーとか推理小説を読むと、無駄な買い物をしたり甘いものを食べ過ぎたときのような罪悪感を覚えます。こういう娯楽的な読書はほどほどにし、もう少し真面目で文学的な読書(そんなのしたことないですけど)をするよう、努めます。
2013年3月7日木曜日
バラの開花
先日買ってもらったバラはお店に置いてあったとき蕾でしたが、室内は暖かいのですぐに開花しました。お花は家の中の涼しい場所に置く方が長持ちするので良いらしいですが、セントラルヒーティングのためどこも同じ気温です。なお、家の中であまり暖めない場所といえば玄関とか客室(客室のある日本家屋というのも珍しいですが)かと思います。それだと長くもってもそこにいる時間が短いので、開花を早めることになったとしても暖かく、よく目につくところに置く方が結果としては目に入る時間は長くなるのでは、と思います。
バラの花は花屋さんには蕾で置いてあって、半分開いたくらいが一番良いとされ、実際開ききる前は花弁が螺旋状に重なって閉じている様子がよく分かってきれいです。でも満開になるとまた違った趣きがあります。だんだんと花が開く過程が見られるのが家に花を飾ることの醍醐味だと思います。
早々にしおれてしまった枝は処分し、残った花は一輪挿しに飾りました。
そういえばチューリップも蕾で販売され、開くまで楽しめますね。ボストンのパブリック・ガーデンはチューリップが有名なので、もう少し暖かくなったら写真を撮りに行きたいです。
2013年3月4日月曜日
ひな祭り
アメリカ滞在中で、子供もいないので雛人形はもちろん持っていませんが、夫がバラの花を買ってくれたのでフィギュリンと一緒に飾りました。人形と言えば子供の姿をしたものが多いのに、お雛様は大人で大臣に至ってはおじいさんですね。
バラは、淡いオレンジ色がかったきれいな色です。他に白、赤、濃いピンクなどがありましたがこの色が気に入りました。花弁が重なって影になった部分にはわずかにグレーが混じっているようにも見える渋い(花としては地味な)色です。磁器で作られたバラによくある色だと思います。まだ五分咲きです。
ここにもバラの花が。今月のカレンダーの絵でした。買ったバラは八重咲ですが絵に描かれているのは一重咲きの野ばらのようです。
夫作「お雛様」 |
2013年3月2日土曜日
ヒラリー・ハーンのコンサート
会場での撮影は禁止でした |
曲目は
- バッハ シャコンヌ
- コレルリ ヴァイオリン・ソナタ第4番
- フォーレ ヴァイオリン・ソナタ第1番
でも、クラシックの曲目は非常に良かったです。バッハが特に良くて、オール・バッハ・プログラムにすればいいのに、と思いました。バッハの無伴奏は美しい音を出すことでむしろ静けさを意識させるような音楽だと思います。コレルリも良かったのですが、演奏中に音響の不具合か、小さい高い電子音がずっと鳴っていたのが気になりました。
2年越しの願いを叶えることができて嬉しかったです。チケットを買ってくれた夫に感謝します。
ブラッドオレンジ
J.E.Millais,'Lorenzo and Isabella' |
以前、デカメロンやジョン・キーツの詩に登場する「イサベラ」について投稿しましたが、この話に題材をとったJ.E.ミレーの「ロレンツォとイサベラ」という絵画があります。ミレーは売れっ子になって著名人や裕福な人の肖像画を主に描くようになってからはラファエル前派的な画風ではなく、ロイヤル・アカデミー的な筆致で描きましたが、「ロレンツォとイサベラ」は初期に描かれた作品で、「オフィーリア」にも見られる精緻な筆遣いが特徴的です。
改めて部分図を見ても普通のオレンジのようにしか見えないのですが、昔読んだ解説には「ロレンツォがイサベラに差し出しているのは『ブラッド・オレンジ』と呼ばれる果物で、果汁は血のように赤い。イサベラの兄弟によって殺されるロレンツォの運命を象徴している。云々」と書かれていました。どんな果物だろうかと興味を持ちました。Whole Foodsに山積みになっていたので、1個買ってきました。
確かに、切り口は赤いです。皮も通常のオレンジより赤かったです。
少し果汁を絞ってみました。「血のように」赤いとは言えませんが、濃いピンク色をしています。味は普通のオレンジとさほど変わりませんが、ヘタに近い部分は少し苦く感じました。他の種類のオレンジよりも高価であり、私は切り口を下にして白いテーブルクロスに落としてしまい、シミをとるのに苦労したので一度買えば十分だと思いました。
2013年3月1日金曜日
夕暮れの光へのあこがれ
夕暮れを描いた絵画が好きで、画像をコレクションしています。
サージェントの傑作の一つです。紫色の薄明かりはごく短時間しか持続しないため、サージェントは事前に絵の具とモデルの準備を整えてから毎晩描きました。絵は9月に着手したものの、途中で花が枯れてしまったので造花を使ったとのことです(出典)。何とも言えない微妙な色合いの光が幻想的な雰囲気を生んでいます。白いドレスの少女や、花々の繊細な花弁が空気中にとけてしまいそうな儚さです。
フレデリック・ケイリー・ロビンソンはイギリスの画家で、フランス象徴主義の画家、ピュヴィ・ド・シャヴァンヌの影響を受けています。『青い鳥』などのイラストレーションを描きました。『青い鳥』は現在絶版だと思いますが、美しい絵本です。『青い鳥』といえばアンドレ・マルティのイラストレーションも捨てがたいです。下の作品で女の子がエプロンに仔羊を入れているのがかわいいです。
モネやルノワールなどと比べ知名度が低いですが、アンリ・ル・シダネルは印象派の画家で、夕暮れや夜の風景を好んで描きました。日本でも昨年展覧会が開催されたようです。サージェント、シダネルの両方に提灯が描かれているのは当時流行したジャポニズムの影響と思います。夕暮れには提灯がよく似合います。私はこの作品を見るとプルーストが「コンブレー」で書いた、祖父母と両親、スワン氏の集う食卓を思い出します。『失われた時を求めて』で使用人のフランソワーズが用意するのは、絵に描かれたような飲み物と果物だけではなく、食傷しそうなほど豪華な晩餐でした。
これもシダネルです。ホイッスラーのようでもあり、日本画のようでもあります。夕暮れの戸外に丸い提灯や球体の庭用ランプを置きたいと思うのは、やはり「月を所有したい」という願望のあらわれでしょうか。
各地の色々な美術館で絵はそれなりに見てきたつもりですが、夕暮れの淡い光を表現している作品にはなかなか出会わないものです。サージェントが苦労したとおり、そのような光が持続する時間が短いせいもあると思います。私は絵は描けませんが、空が微妙な色合いになるとなるべく写真におさめるようにしています。
J.S.Sargent, 'Carnation, Lily,Lily,Rose' |
F.C.Robinson,'The Call of the Sea' |
フレデリック・ケイリー・ロビンソンはイギリスの画家で、フランス象徴主義の画家、ピュヴィ・ド・シャヴァンヌの影響を受けています。『青い鳥』などのイラストレーションを描きました。『青い鳥』は現在絶版だと思いますが、美しい絵本です。『青い鳥』といえばアンドレ・マルティのイラストレーションも捨てがたいです。下の作品で女の子がエプロンに仔羊を入れているのがかわいいです。
Henri Le Sidaner, 'Table beneath the Lanterns' |
Sidaner |
各地の色々な美術館で絵はそれなりに見てきたつもりですが、夕暮れの淡い光を表現している作品にはなかなか出会わないものです。サージェントが苦労したとおり、そのような光が持続する時間が短いせいもあると思います。私は絵は描けませんが、空が微妙な色合いになるとなるべく写真におさめるようにしています。
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