ラファエル前派の画家とモデル 11.ジュリア・スティーヴン


Julia Prinsep Stephen (1846-1895)
インド生まれ、父はジャクソン医師、母はヴィクトリア朝上流階級の美人姉妹として名高い、パトル姉妹の一人、マライア。叔母に写真家のジュリア・マーガレット・キャメロン、いとこに画家のヴァレンタイン・プリンセプがいる。弁護士のダックワース氏と結婚したが、死別し、歴史学者のレズリー・スティーヴン卿と再婚した。スティーヴンとの間の娘は、画家のヴァネッサ・ベルと作家のヴァージニア・ウルフである。

【モデルとなった作品】
バーン・ジョーンズ「ドラゴンの元へ連れていかれるサブラ姫」1866年
 ジュリア・スティーヴンは美人で名高く、英語Wikipediaには
「ラファエル前派や、伯母ジュリア・マーガレット・キャメロンら初期の写真家たちのモデルとしてヴィクトリア朝社会に足跡をのこした美貌の一族の出身である」
との記述があります。
バーン・ジョーンズは神話や伝説に取材した作品を多く描きました。聖ジョージとサブラ姫の伝説を題材とするものも、10枚は下らないようです。マリア・ザンバコをモデルに描かれた魔女や、情熱的な女性像とはうって変わって、サブラ姫はいずれの作品でも清楚な姿に描かれています。

バーン・ジョーンズ「くじを引くサブラ姫」ハノーヴァー大学、1866年
 「くじを引くサブラ姫」については、ジュリア・スティーヴンがモデルとなったという資料は見つかりませんでしたが、バーン・ジョーンズの描く女性は誰もが似ています。白い服を着た数名の乙女たちという主題は「黄金の階段」でも扱われています。「欺かれたマーリン」や「フィリスとデモフォーン」はドラマチックで、バーン・ジョーンズの代表作といわれるのはそれらの作品だと思います。しかし、彼の静謐で穏やかな画風には、上のような、緊張感がありつつも全体としては静けさの感じられるような主題、あるいはキリスト教的な主題が合うような気がします。

バーン・ジョーンズ「受胎告知」
 バーン・ジョーンズは「受胎告知」も複数のヴァージョンを描いています。本作は、ボッティチェリなど、ルネサンスの画家の影響を受けています。彼はステンドグラスのデザインも手がけたところ、この「受胎告知」は細長い構図がステンドグラスを思わせます。聖母マリアは、自分の運命を決定するできごとに遭遇し、おそれを抱いているかのように、ドレスの裾を握りしめています。背後のアーチのレリーフは、アダムとイヴの楽園追放の様子です。バーン・ジョーンズは天使の服のドレープに見られるように、線の表現には入念でしたが、空間表現はややおざなりで、遠近法は不完全です。また、光と影の表現も行われておらず、画面全体が均一な光で照らし出されています。バーン・ジョーンズの目的はリアリティや臨場感を描き出すことではなく、詩情や精神性の表現でした。鑑賞者は聖なるものとの隔たりに思いをはせ、マリアの抱く畏怖の念を共有することが意図されています。出典
不完全な空間表現や、均一な光の照射が、却って静かで、神秘的な効果を生んでいる一枚であると思います。

ジュリア・マーガレット・キャメロンは娘からカメラを贈られたことをきっかけに、プロの写真家となり、親戚や知人に中世風の衣装を着せて、アーサー王伝説などをテーマとする写真を撮りました。姪のジュリアは、キャメロンお気に入りのモデルでした。写真を見ると、ジュリア・スティーヴンがバーン・ジョーンズの作品そのままの、端正な美人であったことが分かります。

【その他】
  • ヴァージニア・ウルフの小説、To the Lighthouse『灯台(燈台)へ』のラムゼイ夫人のモデルはジュリア・スティーヴンです。ウルフの回想記、『存在の瞬間』にも登場し、ウルフにとって母親が非常に重要な存在であったことが分かります。
  • ジュリアは看護の技術があり、看護に関する文章も書いたようです。
  • 娘のヴァネッサ・ベルは画家ですが、ラファエル前派とは異なる画風です。ヴァネッサの孫のヘンリエッタ・ガーネットはラファエル前派のモデルたちに関する、Wives and Stunners:The Pre-Raphaelites and Their Musesの著作があります。

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