D.G.Rossetti, 'Helen of Troy' |
Mary Elizabeth Braddon, Lady Audley's Secret, 1862
【あらすじ】
準男爵のマイケル・オードリー卿は妙齢の娘のある60歳近い老人だが、知人の医師のもとで家庭教師を務める貧しいが若く美しいルーシーと再婚する。一方、放蕩により財産を失い、金を発掘して一山当てるためにオーストラリアに渡ったジョージ・タルボイスはイギリスに帰国するや故郷で待つはずの妻の死を知り、ショックを受ける。マイケル卿の甥で弁護士のロバート・オードリーは悲嘆にくれる友人のジョージを励ますため、共に伯父の屋敷へ赴くが、ジョージは突然失踪し、ロバートは失踪の謎を解くべく奔走する。
【コメント ややネタバレあり】
本書は「センセーション・ノヴェル」に分類される小説です。センセーション・ノヴェルは1860、70年代に流行した小説のジャンルで、ゴシック、ロマンチックの潮流を承継しつつ、盗み、誘拐、姦淫、重婚、殺人などの犯罪をテーマとしているところに特徴があります。有名な作品としてウィルキー・コリンズの『白衣の女』、『月長石』などがあります。
ヴィクトリア朝に書かれた小説の原書は読みにくそう、と敬遠していましたが、たまに見たことのない単語が出てくるほかは読みやすく、意外と軽く読めます。大金持ちの老人が若い美人に魅了される、昼寝中の友人の失踪、タイプの異なる3人の美人、犯人は意外なあの人、などやや下世話で週刊誌的なストーリーで押し、登場人物の複雑で微妙な心理描写などは見られません。実際、当時から大衆小説の扱いだったようです。顔を真っ白に塗り、口紅は真っ赤で大げさな表現をしているように見える、サイレント映画に似たところがあります。終わり近くまでヒロインは今で言うサイコパスかしら、と思ったのですが彼女が最後にロバート・オードリーに語る自分の半生はそれまでの印象とは異なり、ホロリとさせられます。少し貪欲で我侭で、かつ頭の良い、根は平凡な若い娘が初めは少し、だんだんと大幅に道を踏み外し悪へ傾倒していくさまは異常とは思えません。ヒロインのしたことは紛れもなく犯罪であり、罰されるのは当然とはいえ、最後にはまったくなす術もなく男性の作った規範に回収されてしまうのは何とも腑に落ちないものです。
作中にはラファエル前派の画家がルーシー・オードリーの特徴を良くとらえた肖像画を描いた旨の記述があります。画像はD.G.ロセッティによるもので、作者が特にこの一枚を念頭に置いていたとは思いませんが、金髪碧眼のレディ・オードリーの容姿の描写とイメージが合います。
最近ではサラ・ウォーターズがセンセーション・ノヴェルとして『荊の城』を著し、ブッカー賞候補となりました。私は『レディ・オードリーの秘密』よりも、手が込んでいて、強い女性を礼賛しているサラ・ウォーターズの方が好みでした。しかしルーツを知るという意味では本書も興味深く読みましたし、ウィルキー・コリンズなども読んでみようと思いました。
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