Iris Murdoch, The Sandcastle, Chatto & Windus, 1957
【あらすじ】
パブリック・スクールのラテン語教師、ウィリアム・モーは妻、ナンとの間にドナルドとフェリシティという二人の子供があり、安定した生活を送るが、夫婦仲は良くない。モーは労働党から国会議員に立候補するという野心を持っていた。モーは、勤務先の元校長の肖像画を描くためにやってきた、若く才能ある画家、レイン・カーターに惹かれる。モーの思いは強く、妻や大学進学試験を控えた息子、まだ中学生の娘を捨ててレインと共に再出発したいと願うほどだった。
【コメント】
アイリス・マードックのThe Green Knightを非常におもしろく読みました。本書はマードックの小説の中では短くて、手軽に思ったので読みました。登場人物の微妙な心情が、絵画のような濃淡と精緻さを以て書かれています。
ラテン語教師、モーが恋をする才能ある画家のレイン・カーターは元校長、デモイト先生の肖像を描く仕事を依頼され、郊外のパブリック・スクールにやってきます。デモイト先生は、毒舌でアクの強い人物ですが、単なる頑固親父ではなく、意外と親切なところもあります。本書の中心人物のモーとレイン・カーターはそれほど個性の強いキャラクターではないのですが、モーの妻ナン、同僚教師、子供たちなど周辺人物の性格にはそれぞれ一癖あります。一部人物の行動と性格は、The Green Knightの登場人物にも承継されています。
バーン・ジョーンズ 'Vespertina Quies'Wikipediaより |
バーン・ジョーンズ。Wikipediaより |
レイン・カーターは高名な画家を父親に持ち、本書では学校生活、家族の問題を描写するほか、絵画に関する考察も随所に見られます。興味深く思ったのは、デモイト先生に肖像画のスケッチを見せ、「あなた自身に似ているね」と言われたレインの指摘です。
「画家はモデルの身体の部分にしばしば自分自身を描きこむものです。バーン・ジョーンズが描いた人々は皆、彼自身のように痩せていて憂鬱そうです。ジョージ・ロムニーはいつも自分自身の鼻を絵の中に複製し、ヴァン・ダイクは自身の手を描きました」バーン・ジョーンズは、写真を見ても好男子とは思えませんが、彼の描く穏やかで美しい女性の顔には、言われてみれば彼自身の姿がかすかに反映されているように思いますし、「ジョージ・ロムニーの描く鼻は皆同じ」というのは例えばこのウェブサイトを見るとよく分かります。レイン・カーターがイギリスの画家にばかり言及しているのもおもしろいです。
ヴァン・ダイク「自画像」Wikipediaより |
手の画像はヴァン・ダイクの肖像画の部分図です。ヴァン・ダイク自身が女性的な手の持ち主ですが、自画像の下はすべて別の女性を描いているところ、どれも同じように見えます。
マードックの小説は、饒舌で、複雑、哲学的もしくは神学的な記述もあり、登場人物も多く(本書はそれほどではありませんが)、読みやすいとは言えません。The Green Knightは面倒さを超越したおもしろさがありましたが、本書については私の英語力のなさのせいもあってやや「読む面倒さ」が本としてのおもしろさを上回っているように感じました。妻との仲に失望した男性が、若い娘との恋愛に夢中になるものの、女性たちの方が一枚上手であった、というところに溜飲が下がりますし、ラストはなかなか感動的です。単なる個人的な趣味の問題ではあるのですが、他人の不倫には興味がわかず、たとえ文学として巧妙に書かれていたとしても、どうにも居心地が悪いです。『イタリアの女』を読んだときも思いましたが、アイリス・マードックは長編を20以上書いているので敢えてこれを読まなくても良かったかもしれない、と思いました。
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