J.S.Sargent, 'The Misses Vickers' |
【書誌情報】
Iris Murdoch, The Green Knight, Chatto & Windus, 1993
【あらすじ】
妻のルイーズと三人の娘、アレフ、セフトン、モイを遺して若くして亡くなった公認会計士のアンダーソンにはケンブリッジ大学時代からの友人で僧職を志すベラミー、舞台俳優のクレメント、その兄で学者のルーカスらがいた。ルイーズの女子校時代の友人ででファッション業界人のジョーンは息子ハーヴェイを友人に托してパリに暮らし、ベラミーらは父をなくした三人姉妹とハーヴェイの叔父替わりとなる。さらにゲイのカップル、アメリカにいるルイーズの友人家族等を交え、才能のある若きアンダーソン姉妹を中心とした総勢15人程度の友人サークルが形成されていた。ルーカスはクレメントの両親の養子だが、実子故に母親に可愛がられたクレメントをいつも陰でいじめ、学者として人々の尊敬を集め、中年に至ってから弟を暗闇で殺害しようとする。偶然通りかかった男に殺人を阻止されそうになったルーカスは弟を殺す替わりにその男をバットで撲殺する。「財布を盗られそうになったので殴った」と陳述し、正当防衛を認められたルーカスだったが、ロンドンの自宅に戻ると死んだはずの男が訪ねてきて、「自分は精神科医のピーター・ミアだ。私は目には目を、歯に歯を、という信条にしたがい復讐する」と宣言する。ミアの要請は金銭的補償などではなく、自分は天外孤独なのでアンダーソン姉妹らのサークルに自分を紹介して欲しい、というものだった。
【コメント】
アーサー王伝説に「ガウェイン卿と緑の騎士」という話があります。本書は緑の騎士伝説や、聖書の「カインとアベル」などを下敷きに、1990年ころのイギリスの知的階級を書いた長編小説です。
アイリス・マードックは日本でも1970年代ころにはそれなりに読まれていたようで、翻訳も10冊以上出版されていましたが、現在ではそのほとんどが絶版です。
カインとアベル |
マードックは「饒舌」と評されるようです。本書は、はじめの30頁で100人(?)ほどの人物が紹介され、相互に絡み合って複雑な人間模様を呈します。登場人物全員が知的で、大なり小なりエキセントリックであり、しかもそれぞれの性格描写が際立っていて、キャラクターに魅力があります。美しくて才能ある十代の姉妹が中心のサークル、という設定からして興味をひかれます。
モーガン・ル・フェイ |
固定電話 |
文章の一つ一つに、「おもしろさ」が込められています。本を読んでも、いまいち楽しめないとか、合わないと思うことはよくあるし、読書などあまり日常生活の役には立たないことが多い気がします(もちろん、役に立つことのみが意味のあることではありませんが)。でも、こういう小説を読むと思いがけずご褒美をもらったようでうれしくなります。本書は500頁弱あり、読むのに2ヶ月もかかってしまいましたが、時間をかけてゆっくり味わう甲斐のある作品だと思いました。最後にはいろいろな恋が花開き、物事があるべき所に落ち着きつつも、未来への広がりを感じさせる結末となっています。
なお、トップ画像はサージェントによるヴィッカーズ姉妹の肖像画です。髪の色と目の色が、本書のアンダーソン姉妹と同じでした。
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