ルーカス・クラナハ(父)「エデンの園」 |
Margaret Atwood, Oryx and Crake,Doubleday, 2003
【あらすじ】
人類がほぼ死に絶え、「クレイカー」と呼ばれる新人類と遺伝子操作で作り出された奇妙な動物たちの存在する文明の崩壊した世界で、スノーマンは過去を回想する。スノーマンはかつてジミーと呼ばれ、父親は遺伝子操作関係の科学者だった。ジミーは学校で非常に優秀な少年、クレイクと出会い、親しく付き合うようになる。クレイクとジミーは共にオンラインゲームをしたり、ポルノ番組を視聴し、ある日児童ポルノに出演していた印象的な眼差しの少女に強くひかれる。クレイクが遺伝子操作関係の研究職に就き、豪奢な生活を送る一方で、ジミーはコピーライターとなる。ジミーは自らの境遇に不満を持っていたが、クレイクの勤務先の宣伝係として抜擢され、そこで児童ポルノに出演していた少女、オリクスと出会う。2003年のブッカー賞候補作。
【コメント】
マーガレット・アトウッドのMaddaddam三部作の第一作です。ここで書かれる世界は現代とつながっている近未来で、22世紀~25世紀頃を想定しているのではないかと思います。遺伝子操作、ディストピア、新人類などが登場し、サイファイ色が濃いと同時に、様々な文学作品への言及も見られます。
高度な語彙が多く登場し、文体も微妙で複雑であり、しばしば何について書かれているか見失いそうになる、難しい小説でした。英語のレッスンで読んだのですが、先生は「叙述的ではなく、思考についても事実と区別せずに書いたり、時間軸を操作したりしているから読みにくいのだと思う」とおっしゃっていました。また、どうやら何か大事件が起こって人類がほぼ絶滅し、重要人物であるオリクスとクレイクも今はいないらしいことは冒頭から分かるのですが、その原因については物語の8割くらいまで説明がなく、終盤に至ってからここへ至った過程が一部、説明されます。しかし、崩壊した世界で主人公、スノーマンがこの先どうやって生きていくのかは知らされない、オープンエンディングです。読みにくい上に、まだまだ分からないことばかりなのに、不思議な雰囲気にのまれ、読み終わるとぜひともすぐに第二作を読まないと、と思います。(第二作は3割程度読んだところですが、本書よりもはるかに読みやすいです)
スノーマンはクレイカーたちに「クレイクは万能の神で、クレイカーを創造し、オリクスはすべての動物を創造した」と教えます。新しい人類や動物の創造は本書の主題の一つで、そのことから旧約聖書の創世記を思わせます。また、Wikipediaによればコールリッジの「老水夫行」、カート・ヴォネガットの作品からの引用もあるそうです。私が特に意識したのはヴァージニア・ウルフの『波』の影響です。浜辺に6人の子供たちがいる描写から始まり、波の音や小鳥のさえずりなどの擬声語が多用され、太陽の位置により一日の時間帯が表されるなどは、まさに『波』のとおりです。
本書に書かれる世界の終わりは、遺伝子操作により創造された気味の悪い動物が跋扈し、わけの分からない病気が流行し、ひどい格差社会で、無政府状態となり、コープスコーなる黒い組織が人々を操るという、救い難い様相を呈しています(蛇足ですが、Corpse Corps Boardという会社が実在するようです。スケートボードの会社です)。繊細で文学的な文章と、現代の世界が最悪の形で発展したかのような近未来の描写が絶妙に溶け込んでいます。センセーショナルかつ静かな諦めを感じさせる作品であり、現代社会の問題の根本を問うているようでもあります。高校や大学の講義で課題図書となることも多いらしく、Spark Note(教科書リーダー、虎の巻)も出版されています。
三部作であるものの、日本語訳は『オリクスとクレイク』のみが出版されています。本書を読んだ感じだと、まだまだ始まりに過ぎない印象です。
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