【薄明かりの絵画】イギリスとフランスのロマン主義


ウィリアム・ブレイク「ヤコブの夢」1805年頃、大英博物館
ウィリアム・ブレイク「天使に守られる死せるキリスト」1805年頃、ヴィクトリア&アルバート美術館
【ウィリアム・ブレイク】
スイスより渡英したヘンリー・フュースリーは、様式は古典主義的であるものの、神秘主義的で非現実的な主題を好み、ロマン主義的精神を持っていたといえます。

ウィリアム・ブレイク(1757-1827)は、ロイヤル・アカデミーに学んだものの、学長であったレイノルズに代表されるような、ルーベンスを承継する様式をきらい、レイノルズと対立しました。詩人・画家として活動しましたが、当時の流行を忌避し、精神的・芸術的な新時代の到来を信じて、独自の作品を発表したので、変人扱いされました。しかし、その創造性や表現、神秘主義への傾倒はロマン主義の先駆として、今日では高く評価されています。天使が天国の階段から降りてくる、ヤコブの夢は、薄明かりのイメージと思います。このシーンを描いた作品はいくつかありますが、多くは梯子か、直線上の階段で、ブレイクのように螺旋階段としているものは珍しいです。

サミュエル・パーマー「孤独な塔」1868年、イェール大学イギリス美術館
【古代派】
1820年代半ばより、ブレイクの思想に共感して、彼を中心に集まり、古代の田園生活を理想としたのが古代派です。イギリスの芸術家集団として初めて「兄弟団(brotherhood)」を名乗り、ロイヤル・アカデミーに反発しました。一連の動きはラファエル前派に通じますが、アカデミーの展覧会に作品を出品しても、ラファエル前派のようにセンセーショナルな批判にさらされることはありませんでした。古代派は、ドイツのナザレ派や、フランスのバルブ派(※)に呼応する動きです。打ち棄てられた僧院で共同生活をする代わりに、古代派の画家たちは、郊外のサミュエル・パーマー(1805-81)宅に長期滞在しました。パーマーは、水彩画を得意とし、穏やかな田園生活を描きましました。ただ、息子が作品や資料を破棄してしまったために、死後、長期間忘れ去られていました。息子による破棄は、グループ内であったらしい同性愛を隠す目的だったようです。古代派の画家は、他にF.O.フィンチや、シャーロット・ブロンテ等の肖像画を描いたジョージ・リッチモンドがいます。

(※)Secte des Barbus 1800-1803 バルブ派の訳が適当かどうか不明。原始主義、思考主義とも言うらしい。ダヴィッド門下の、師に反発する学生が、 P.M.Quaysの指導で結成。ダヴィッドはプッサンを模範としたが、バルブ派は、ギリシアの壷や初期ルネサンスを手本とすべきだと主張した。ホメロス や、オシアンを題材とした。彼らの思想は、美術様式のみならず、ライフスタイルにも浸透し、古代ギリシアのような服を着て、パリ郊外の修道院で生活し、その変人ぶりは歩くとヤジを飛ばされるほどだった。メンバーは、ジャン・ブロ等。(以上、Google Translateを使って 仏語→英語で読んだ資料なので、よほど不確実です) 

ターナー「アルンウィック城」1829年、南豪美術館
【ターナー】
J.M.W.ターナー(1775-1851)はドイツのフリードリッヒと1歳違いで、14歳でロイヤル・アカデミーに入学しました。当時、アカデミーには「ジャンルのヒエラルキー」なるものがあり、歴史画を頂点として、風俗画、肖像画、静物画、風景画は一段劣るとみなされていましたが、ターナーは風景画を歴史画に匹敵するものへと高めました。「アルンウィック城」は、澄んだ色彩でくっきりと描かれていますが、曖昧な輪郭のダイナミックな油彩画も特徴的で、印象主義に影響を与えました。

ところで、日本語で「ロマンティック」と言うと、荒涼とした自然や、中世ヨーロッパの厳しげなイメージではなく、もっと親しみやすく、甘い感じを思い浮かべると思います。時々、英国ロマン主義と称した展覧会が開催される(例えば、1998年Bunkamuraザ・ムージアムの「英国ロマン派展」や、2003年、兵庫県立美術館等の「英国ロマン主義絵画展」)と、ターナーやサミュエル・パーマーもあることはあるのですが、ラファエル前派や唯美主義、ウォーターハウスの美人画もかなり展示されます。これらは、日本語的な「ロマンティック」のイメージには合致しますが、(影響は受けているにせよ)美術史上、ロマン主義には分類されないものと思います。

ジロデ「エンディミオン」

【アンヌ・ルイ・ジロデ(1767-1824)】
ジロデ(・トリオゾン)は新古典主義のダヴィッドに師事し、ローマ賞を受賞しました。古典主義的様式でナポレオン一家の肖像画等を描き、アカデミー会員でした。自然描写と、生命力にあふれた美しさが際立っており、絵画に官能性を加えたことから、ロマン主義だ、とWikipedia先生は言うのですが、それはずいぶんと抽象的な話のような気がして、私にはよく分かりません。フランスのロマン主義はドラクロワが有名ですが、テーマに沿う作品は見つかりませんでした。

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