ジュリエットの美術

ジュリエットは、シェイクスピアの『ロミオとジュリエット』のヒロインです。twitterで、薄明かりの絵画@twilight_artのアカウントで絵画の紹介をしています。ロミオとジュリエットを主題としている作品は、バルコニー・シーンや、朝の別れのシーン、霊廟でのシーンなど、ドラマチックで仄暗いものがあるので、数日間、ジュリエットの美術を取り上げてみました。

フィリップ・コールドロン「ジュリエット」1888年
コールドロンは、19世紀後半の、ロンドン、セント・ジョンズ・ウッド界隈に住んでいた芸術家のサークル、「セント・ジョンズ・ウッド・クリック」の主要メンバーです。1830年にリチャード・ダッドにより組織されたサークル、「クリック」の「アカデミズムを否定し、風俗画を描く」という精神を承継し、新たな解釈で歴史画を描くことを目標としていたサークルです。クリックがラファエル前派(PRB)をエキセントリックな原始芸術主義として批判し、対立していたところ、コールドロンはPRBの影響も受けて、歴史や文学の題材を描きました。

J.W.ウォーターハウス「ジュリエット」1898年、個人蔵
シェイクスピアは、ジュリエットをもうすぐ14歳になる、と設定していますが、舞台や映画ではもっと年上の女優によって演じられることが多く、絵画のジュリエットも、十代後半〜二十代のように見える作品がほとんどです。ウォーターハウスのジュリエットは、年相応に見えます。17世紀でも、19世紀でもなく、ふわっとしたスモックのような、ウォーターハウスの絵画以外で見たことのない、独特な服を着ています(どんな構造の服なのか気になります)。ジュリエットであることを示すような背景や物は描かれていないため、「青いネックレス」と呼ばれることもあるようです。ウォーターハウスは、19世紀末に既に流行遅れだったPRB様式を取り入れて、アーサー王伝説や神話上の女性像を描きました。特に、オフィーリアやシャロットの乙女など、水辺で息絶える女性を好みました。本作の、ネックレスの色と呼応している、背景の水路も印象的です。


トマス・フランシス・ディクシー「ジュリエット」1877年、サンダーランド美術館


トマス・フランシス・ディクシーは、バルコニーに佇むジュリエットを描きました。2枚は、ほとんど同じように見えますが、ジュリエットの顔が少し異なります。顔立ちが現代的というか、ハリウッド女優とか、ファッションモデルのようだと思います。柱に絡むトケイソウは、キリストの受難と結びついた花言葉を持ち、ロミオとジュリエットの運命を暗示しています。トマス・フランシス・ディクシーは、オフィーリアやミランダ(『テンペスト』)、クレオパトラなど、シェイクスピアのヒロインを多く描いています。

フランク・ディクシー「ロミオとジュリエットの別れ」1884年、サウザンプトン美術館
トマス・フランシス・ディクシーの兄、息子フランク、娘マーガレットも画家でした。フランク・ディクシーは、若くして名声を博し、アカデミー会長となるなど、成功を収めた画家です。本作でも、トケイソウが描かれているほか、ジュリエットの背後にユリもあり、白い寝間着姿で立っている彼女の姿と対応しているのだろうと思います。

フレデリック・レイトン卿「仮死状態のジュリエット」1856年、南オーストラリア美術館
レイトン卿はコールドロンと交流がありました。ウォーターハウスの初期の作品はレイトン卿やアルマ・タデマの精神を受け継いでいるとされています。PRBと交流があり、唯美主義の主要な画家でもありました。イギリス絵画におけるレイトン卿の重要さが窺い知れます。彼の作品は華やかな色彩が特徴的ですが、本作では、パステルカラーではなく、鮮やかな黄色や赤系を多用していて、イタリア風(何を以てイタリア風とするのかよく分かりませんが)だと思います。描かれた人々の仕草が、いかにも芝居がかっています。

ヘンリー・フュースリー「仮死状態のジュリエットとロミオ」1809年、個人蔵
 フュースリーはスイス出身でしたが、生涯のほとんどをイギリスで暮らしました。ジョシュア・レイノルズのアドバイスを受けて画家となり、ボイデルのシェイクスピア・ギャラリーのために多く描きました。超自然的な描写を好み、パレットを使わずにキャンバスに絵の具を塗りたくっていたそうです。ロミオの衣装やポーズが女性的である一方、ジュリエットはアポロのような、美少年のような容貌で、二人ともが両性具有的に描かれているのが興味深いです。

ジョゼフ・ライト「ロミオとジュリエット 霊廟のシーン」1790年、ダービー美術館
ジョゼフ・ライトは、フュースリーと同様、明暗法を採用した画家です。ロウソクや、月光に照らされた人々や風景を描いた、薄明かりの画家であると思います。チャールズ・ダーウィンの曾祖父、エラスムス・ダーウィンが設立した学者や芸術家の集会、ルナー・ソサイエティに参加し、ジョサイア・ウェッジウッドやアークライトの後援を受けて、イギリスの産業革命を描きました。肝心のジュリエットの顔が見えませんが、それはそれでおもしろく、ダイナミックな光の使い方と相まって、印象に残ります。

フレデリック・レイトン卿「ロミオとジュリエットの遺体を前に和解するモンタギュー家とキャプレット家」
シェイクスピアの絵画は、調べると、たくさんの作品が芋蔓式にヒットします。中学生の時に初めて(古書で)買った図録が、「西洋絵画のなかのシェイクスピア展」の図録で、よくよく何度も眺めました。オンラインでその類のあらゆる画像も見られるようになり、本当にいろいろあるなと思いました。

コメント

  1. punkaさん

    そうそう、こちらです!ありがとうございました。
    仕事を済ませたら(確定申告、最後の詰めです・(笑))ゆっくりコメントを書かせていただきます。

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  2. punkaさん

    改めてお邪魔させていただいました。
    トケイソウの暗喩、なるほどそうだったんですね。トケイソウの英名Passion flowerのPassion がそのまま情熱を現すと同時に受難を意味することは存じておりましたが、ロミオとジュリエットの絵の中に描きこまれていたことには気が付きませんでした。まさに二人の運命を暗示するための花でですね。百合の花は純潔。まだ二人は出会ったばかりで結ばれていないわけですから、この花こそが相応しい。
    フュースリーの黄昏て輪郭もおぼろといった感じの絵もいいですね。
    両性具有の恋人たち・・・・ジュリエットがもう少し少女の面影をもって描かれていたら、また違ったイメージになったかもしれませんね。
    ジョゼフ・ライトという画家は今回初めて知りました。私のイメージではロマン派に近いような気もします。

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