2014年2月22日土曜日

ラファエル前派の画家とモデル 番外編 エレン・テリー


Ellen Terry (1847-1928)
俳優一家の次女として生まれる。8歳で舞台にデビューし、16歳の時、30歳上のジョージ・フレデリック・ウォッツと結婚した。しかし、1年経たないうちに建築家のゴドウィンと駆落ちし、舞台女優として復帰した。ヘンリー・アーヴィングの相手役として、シェイクスピアのヒロインをよく演じ、その演技には定評があった。ルイス・キャロルやジョージ・バーナード・ショーらの文化人と交流があった。

【モデルとなった作品】
G.F.ウォッツ「テリー姉妹」個人蔵、1863年
G.F.ウォッツはピアノ職人の子として誕生し、王立美術院に学びました。「三美神」の一人、アグライア・コローニオの父であったA.C.アイオニデスの庇護の下、肖像画家として活躍し、ヴィクトリア朝のさまざまな著名人や、上流階級の人々を描きました。PRBの一員ではありませんでしたが、エレンと結婚した1860年代には、豊かな色彩や官能性の強調など、ロセッティの影響を受けた作品を描きました。左はエレンの姉のケイトです。この肖像画を描くうちにウォッツはエレンに恋をし、結婚しました。エレンはウォッツの芸術と、優雅な生活スタイルに感銘を受け、既に画家として成功していた彼と結婚することで、両親を喜ばせようと考えたようです。

ルイス・キャロル「マリオンとフローレンス・テリー」
数学者・作家であったルイス・キャロルが少女との交流を好む一方、成人女性は苦手としていたことは有名ですが、エレン・テリーとは彼女が大人になってからも親しく交際していました。エレンの2人の妹を撮影した写真は、ウォッツが描いた姉二人の肖像画を模倣しています。

ルイス・キャロル「エレン・テリー」
 ウォッツとの短い結婚生活の間に、エレンはグラッドストーンやディズレーリら政治家のほか、テニスン、ブラウニングらと知り合いました。ウォッツの作品により、エレンは後期PRBの画家や、オスカー・ワイルドらの唯美主義者にとって憧れの的となりました。

ウォッツ「花選び」国立肖像画美術館、1864年
本作は、特にロセッティの影響が強いといわれています。エレンは、ホルマン・ハントがデザインしたウェディングドレスを着ています。香りを嗅いでいるのは、見た目は華やかでも匂いのない椿で、心臓の近くに、花は小さく地味であるものの、香り高いスミレの花を持っています。これは、エレンが舞台女優という、華やかな虚飾の世界を捨て、地味であっても芸術家の夫人として尊敬される生活を選択することを意味しています。
エレン・テリーの憂わしげな表情が美しく、好きな作品ですが、私は演劇が虚飾だとか、絵画よりも芸術として劣るとも思わないし、そういった旧弊な女性観が作品に込められているのかと思うと、自分の家に複製を飾りたいような一枚ではないな、という気がします。

ジュリア・マーガレット・キャメロン「エレン・テリー」
エレンとウォッツは芸術家たちのパトロンであったプリンセプ夫妻のもとに滞在しました。写真は、プリンセプ夫人の姉であったジュリア・マーガレット・キャメロンが撮影しました。

J.S.サージェント「マクベス夫人を演じるエレン・テリー」テイト美術館、1889年
マクベス夫人のドレスのデザイナーは、「鎖帷子のように、しかもヘビの鱗のように見せたかった」と記しています。製作者は、ボヘミア製の、緑色の絹と青い金属箔が織り込まれた糸を使用して生地を作り、さらに緑色に光るカブトムシの羽が縫い付けられました。エレンが羽織るマントには真っ赤なグリフィンが刺繍されていました(出典)。絵に描かれたポーズは実際の舞台では行われませんでしたが、サージェントの作品からは強烈な衣装の輝きが分かります。ポーズ、衣装ともにマクベス夫人の性格を如実に伝えるものだと思います。キラキラ光るドレスは観客に強いインパクトを与えたことでしょう。エレンは絵や写真で一枚一枚異なる表情を見せていますが、「画家(写真家)のモデル」としてではなく、「偉大なる舞台女優エレン・テリー」本人として描かれて(撮影されて)いるところがすごいと思います。

【その他】
J.E.ミレー「ポーシャ(ケイト・ドーラン)」メトロポリタン美術館、1886年
  • J.E.ミレーによる「ポーシャ」は長い間エレン・テリーを描いたものであると信じられていましたが、別人であることが判明しました。顔立ちがエレンとはまったく似ていないのに、そう信じられていたのは不思議です。「ポーシャ」はミレーがPRBと訣別し、大衆受け路線を邁進するようになってから描かれたもので、その画風は同様にシェイクスピアのヒロインを描いた「オフィーリア」と同一人物が描いたとは思えないほどです。出典
  • バーナード・ショーは「エレン・テリーとは、世界で最も美しい名前だ。19世紀の終わりの25年間を通じて、 鐘の音のように鳴り響いた」と評しています。
  • ウォッツは69歳の時、35歳の相手と再婚しました。
  • エレンは3回結婚し、結婚以外でもたくさんの恋愛をしました。
  • エレンとゴドウィンとの間の息子、ゴードン・クレイグは舞台装置のデザイナー、舞台監督となり、娘のイーディスも舞台で活躍した他、婦人参政権運動に参加しました。
  • イラストレーターのヘレン・クレイグはエレンの曾孫に当たります。
「ラファエル前派の画家とモデル」は今回で終了です。まとまりのない話に長々とお付き合いいただき、誠にありがとうございました。

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