ラファエル前派の画家とモデル 6.アレクサ・ワイルディング



Alexa (Alice) Wilding(1845?-84)
サリーの労働者階級の家庭に生まれる。ロセッティと出会ったときは、女優になることを夢見るお針子だった。ロセッティにモデルとしてスカウトされるも、当時、モデルは尊敬される職業ではなかったため、最初は約束の時間にアトリエに現れなかった。しかし、ロセッティはぜひともアレクサを描きたいと考え、二度目に彼女を見かけたとき、乗っている馬車を跳び降りてモデルとなるように説得した。ロセッティは他の画家に彼女をとられることをおそれ、独占契約を結んだ。未婚のまま37歳くらいで亡くなった。ロセッティのお気に入りのモデルで、アレクサをモデルとして描かれた作品は妻のエリザベス、愛人のファニー・コーンフォースやジェーン・モリスを描いた作品数以上であるにもかかわらず、ロセッティと恋愛関係になかったためか、彼女に関する資料や研究は少ない。

【モデルをつとめた主な作品】

「シビラ・パルミフェラ」レディ・リーバー美術館、1870年ころ

ロセッティ「モンナ・ヴァンナ」テイト美術館、1866年
ロセッティの助手であったヘンリー・ダンは、アレクサ・ワイルディングについて「すみからすみまで丹念に形作られた、美しい顔だ。ロセッティの理想に合致 するかのような、気だるさ、柔らかさ、神秘に満ちた静けさをたたえている。ロセッティは彼女の美しい顔と、金色の赤毛に非常に心を打たれていた。ロセッ ティが長い間探し求めていた、まさしくそのタイプの顔だった」と書いています。ロセッティの作品に描かれたアレクサ・ワイルディングの容貌は、豊かな赤毛、長い首、独特の眼差しで、すぐに見分けることができます。エリザベス・シダルを描くときはもっと簡素で厳しげであり、ジェーン・モリスを描くときは青や緑などを中心とした色彩でもの思わしげな、神秘的な女性を描いたロセッティですが、ここへきて豪華絢爛、甘美、少女趣味が炸裂しているように思います。すべすべ、ふわふわ、つやつやとした触感と、甘い香りが画面から発している印象です。こうなると、 背後にある物語とか、小道具の象徴的な意味を考えるよりも、ひたすらその官能的な美しさと甘さに酔っているだけでよい気がしてきます。

ロセッティ「レディ・リリス」デラウェア美術館、1870年ころ
リリスは、キリスト教ではイヴの前にアダムの妻であったとされる女性である他、ヨーロッパや西アジア地方のさまざまな神話・伝説に登場する妖女です。本作は「シビラ・パルミフェラ」と対になっており、「シビラ」が魂の美を表現しているのに対し、「リリス」は肉体の美の表現です。リリスは神話の女性像の体現としてではなく、「近代的なリリス」として解釈され、家具調度や衣服はヴィクトリア朝風であり、鏡に写る自分の美しさに夢中になっているかのようです。白いバラは冷たく、官能的な愛をあらわします。バラは、アダムがイヴに出会ったことにより初めて赤くなった、という伝説があります。右手前のケシは、眠りと忘却、リリスの物憂げな性格を示唆しています。鏡のそばに置かれたキツネノテブクロは不誠実を表します。リリスはフェミニズム運動のシンボルであり、彼女のコルセットを着けていない服装や、豊かな髪をフェミニズム思想と関連付けて論じている研究者もいます。出典

ロセッティにとってエリザベスは精神的な愛を体現する存在であり、ファニーは肉体的な愛の対象で、絵の中にもそのように描かれましたが、「シビラ・パルミフェラ」と「リリス」のように、アレクサ・ワイルディングは彼にとり、相反する二つの要素を表現できるすぐれたモデルでした。ラファエル前派のモデルたちは、グループの複数の画家のためにポーズを取ることが多かったですが、アレクサはロセッティと独占契約をしていたので、多くのロセッティ作品に登場するものの、他の画家に描かれることはありませんでした。

 【ロセッティのモデルたちと植物】
ロセッティは、美人画を好んで描き、絵に植物が描かれていることも多いです。モデルの違いにより、植物の扱いには一定の傾向が見られます。主な傾向は以下のとおりです。

〈クリスティーナ・ロセッティ〉
聖母マリアを描いた2枚のモデルとなった。どちらにも聖母の花である白いユリが、本物と刺繍されたものと2ヶ所に描かれている。よって、クリスティーナの花は「ユリ」

〈エリザベス・シダル〉


植物は登場しないか、単なる背景であることが多く、花の細部はあまり描き込まれていない。小さな花が少量、描かれているものもある。「オフィーリアの最初の狂乱」で被っている花冠のケシの赤が印象的であること、「至福のベアトリーチェ」で手の近くのハトがケシの花をくわえていること、アヘンチンキの過剰服用により亡くなったことから、「ケシ」のイメージ。


〈ジェーン・モリス〉 

ベッドルーム
背景に生い茂った葉が描かれていることが多い。手に小さな植物を持っていることもある(ザクロ、スノードロップ、柳の小枝、スイカズラ)。ジェーンの寝室にモリスがデザインした「柳」の壁紙やベッドカーテンが使用されていたことから、イメージは「柳」

〈ファニー・コーンフォース〉 
花は背景の壁紙やタイルなどに意匠的に使用されていることが多い。

〈アレクサ・ワイルディング〉

たくさんの、大輪の華やかな花、特に赤、ピンクのバラが描かれている作品が多い。アレクサを描いた作品が少女漫画的なのはこのピンクの花効果もあると思われる。イメージは「ピンクのバラ」

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