ラファエル前派の画家とモデル 5.ファニー・コーンフォース


Fanny Cornforth 本名 Sarah Cox, (1835-1906)
1851年の国勢調査によると、ファニー・コーンフォースはメイドであったらしい。1860年頃、妻エリザベスが存命であったが、ロセッティの愛人となった。エリザベスはファニーを嫌っていたと書かれることもあるが、彼女がファニーを知っていたという証拠はない。エリザベス・シダルの死後、ロセッティの家政婦となり、愛人関係はロセッティが亡くなるまで続いた。ファニーは下層労働者階級出身で教育がなく、ロセッティの家族や友人の多くは彼女を認めず、関係を解消するようにロセッティに忠告した。

【モデルをつとめた主な作品】

ロセッティ「キスされた唇」ボストン美術館、1859年
 ロセッティにとって、ファニーはエリザベス・シダルやジェーン・モリスとは対照的な、官能的な美の化身でした。本作の裏面には「キスされた唇は新鮮さを失わず、月のごとく新しさを増す」というイタリアのことわざが記されています。これは、ボッカチオの『デカメロン』の桃色な挿話の一節に由来し、発表されると「下品だ」と酷評されました。絢爛たる入念な装飾は、見るものを楽しませる目的で描かれたもので、特段の深い意味はないようです。
ボストン美術館に遊びに行ったとき、この作品も見ます。ヴィクトリア朝の人々の目にどう写ったかは分かりませんが、モデルはちゃんと服も着ているし、私はそこまで「下品」とは思いません。白と、緑と、ピンク色が絶妙に混じり合ったオパールのような肌の色と、豊かな赤褐色の髪の毛が印象的な美人です。

ロセッティ「見つかって」デラウェア美術館、1855年ころ
ファニーはあまり身持ちがよくなかった、という話もあります。そのことも、ロセッティの家族や友人たちが彼女を受け入れ難いと考えた一因でした。ロセッティは娼婦にシンパシーを抱いていました。本作は、田舎に暮らしたくないと考えた少女が、婚約者を捨てて都会に出て、生活苦から娼婦に身を落としたところ、たまたま子山羊を持って都会にやってきたかつての婚約者に見つかり、故郷に帰るように説得されて、抵抗しているところです。手押し車に乗せられた子山羊はこの女性が失った純粋さの象徴ですが、網をかけられており、彼女がこの境遇から逃れられないことを暗示しています。元婚約者は田舎の農夫の服装をしており、女性のけばけばしく安っぽいドレスとのコントラストを見せています。ファニーは金髪でしたが、不自然なほどに赤い髪の毛は、染めていることを想定しているかもしれません。ディケンズの小説に登場するヴィクトリア朝の「堕ちた女」や、エリザベス・ギャスケルの『ルース』のヒロイン、『メアリー・バートン』のへスターなどのイメージだと思います。本作は未完成です。

ロセッティ「青い小部屋」バーミンガム大学美術館、1865年
本作にはエキゾチックな小道具が使用されています。ファニーがつまびいているのは、日本の琴で、背景はアラビアのタイルと、中国の梅の模様が混じり合っています。19世紀にヨーロッパで流行したシノワズリ、ジャポニスムの影響と思われます。鮮やかな色彩や、花、滑らかそうな触感など、見る喜びにあふれた一枚と言えるかもしれませんが、私にはすべてが過剰で、刺激的に過ぎるように思えます。

バーン・ジョーンズ「シドニア・フォン・ボルク」テイト美術館、1860年
 シドニア・フォン・ボルクはルネサンス期に実在した人物で、殺人及び魔術を扱ったとして、処刑されました。「宿命の女」としてマインホルトの『魔女シドニア』等の複数の文学作品の題材となり、ラファエル前派ではメデューサ的ファム・ファタルと認識されていました。本作には、シドニアの善良な妹で、姉により殺されたクララ・フォン・ボルクを描いた対になる作品があります。そちらのモデルとなったのは、バーン・ジョーンズの婚約者であったジョージアナです。シドニアは非常に複雑な模様のドレスを着ていますが、これはジュリオ・ロマーノが描いたイサベラ・デステの肖像画に由来します。このもつれた模様は怪しげなものを連想させます。シドニアの背後には魔女のマスコットである黒猫が見えます。

ジュリオ・ロマーノ「イサベラ・デステ」イギリス王室コレクション、1531年

カドガン・クーパー「虚栄」王立美術院、1907年

カドガン・クーパー「セレナーデを聴くヴェネチアの女性たち」ポンス美術館、プエルトリコ
このめずらしいドレスは、ラファエル前派に影響を受けたフランク・カドガン・クーパーもルネサンスらしいと考えたのか、自作の中に描いています。

【その他】

ファニーは中年に至ると太り、ロセッティから「ゾウさん」というあだ名で呼ばれました。ロセッティはファニーをゾウの姿に描いた何枚かのカリカチュアをのこしています。



ロセッティは自宅にいろいろな珍しい動物を飼っていました。とりわけウォンバットがお気に入りで、「トップ」と名付けてかわいがり、死ぬと剥製にしました。出典

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