2014年2月21日金曜日

ラファエル前派の画家とモデル 13.エフィー・ミレーと妹たち


Euphemia(Effie) Millais (nee Gray1828-1897)
スコットランドの富裕な弁護士・商人の長子として生まれる。19歳でジョン・ラスキンと結婚するが、モデルをつとめたことによりJ.E.ミレーと知り合う。ラスキンとは成就されない結婚、あるいは「白い結婚」だったため、婚姻の無効を申し立てて認められ、ミレーと結婚した。ミレーとの間に8人の子供がある。エフィーと子供たちはしばしばミレーの作品のモデルとなった。
日本語Wikipediaもご参照ください。

ミレー「ソフィー・グレイ」
Sophie Caird (nee Gray 1843–1882)
エフィーの14人の弟妹の一人で、グレイ夫妻の10番目の子。15歳上のエフィーはソフィーにとり、第二の母親のような存在だった。姉エフィーがミレーと知り合うと、ミレーのモデルをつとめるようになった。ソフィーとミレーは互いに愛情を抱いていた可能性があり、夫と妹が親密になりすぎることを懸念したエフィーが、ソフィーを夫妻の家から遠ざけたともいわれた。しかし、ソフィーとエフィーは終生、仲の良い姉妹だった。20台半ば頃に精神状態が拒食症に陥り、精神状態が悪化した。30歳の時、工場主のケアド氏と結婚し、女の子が一人生まれたものの、幸せな結婚ではなかった。孤独な晩年を過ごし、38歳で亡くなると、死因は「消耗と神経機能の退化」とされたが、自殺したという噂が消えなかった。

ミレー「アリス・グレイ」

Alice Gray Stibbard(1845–1929)
ミレーはアリスをモデルにスケッチや肖像画を描いた他、5枚ほどの作品のモデルとした。

【モデルとなった主な作品】
J.E.ミレー「釈放命令、1746年」テイト美術館、1852年
本作のため、エフィーははじめてミレーのモデルをつとめました。1745年にジャコバイト蜂起に参戦し、服役していたスコットランド兵と恋人が再会するシーンを描いています。兵士の恋人は看守に保釈命令を見せています。しかし、もともとは「身代金」というタイトルで、習作段階では彼女はお金の入った袋を持っていました。彼女の表情は不可解で、その動作は心ここにあらず、といった様子です。兵士を救うために自分の貞節を犠牲にしようとしているのかもしれません。ミレーはラファエル前派の信念にしたがい、本作の細部を緻密に描きました。ジャコバイトの着ているキルトのタータンチェックや、眠っている少女のドレスの模様も、調査に基づいています。子供が持っている花は、若さの象徴です。この子供のモデルにポーズをとらせるにあたり、ミレーは大変な苦労をしたようです。出典

J.E.ミレー「落葉」マンチェスター美術館、1856年
 黒い服を着ている少女たちのうち、左がアリス、右がソフィーです。ラスキンは本作を「黄昏を完璧に描写している」と評しました。エフィーは、ミレーが「主題のない、美しい絵」を描くことを意図していた、と記しています。ソフィーとアリスは上等な生地の、中産階級の服装ですが、ほかの二人の少女は労働者階級の粗末な服で、実際に労働者階級出身の少女がモデルとなりました。唯美主義の最初期の作品の一つとされています。ミレーの作品によく見られる、美と若さのうつろいやすさを表現しています。一日の終わり、一年の終わりの季節、枯葉、煙は生のはかなさと不可避な死をあらわします。一番幼い少女が持っているリンゴは、「知恵の実」と楽園追放とつながり、幼少期の無垢の喪失の暗示であるかもしれません。ミレーは、「この作品の厳粛さにより、深い宗教的な思考を呼び覚ます」ことを意図していました。出典

J.E.ミレー「春または花盛りのリンゴ」レディ・リーヴァー美術館、1859年
秋の作品があるなら、他の季節は?というと、春の作品があります(同様に夏と冬を描いたものはないようです)。ミレーはこの2枚を対になる作品と考えていた可能性もあります。一番左の少女がソフィー、黄色い服を着て寝そべっているのがアリスです。リンゴが花盛りの野原で、クリームの入ったボウルを囲む少女たちは、ヴィクトリア朝の一般的な服装をしており、リアリズム表現とも言えますが、本作も「落葉」と同様に、生の無常さを暗示しています。右手には死の象徴である鎌が配置されています(骸骨が大鎌をふるう、というのはよくある死神の表現です)。花は散り、秋になると夏の草が刈られ、若さと美しさには終わりが訪れます。本作の自然描写はミレーの最初期の作品(「オフィーリア」など)ほど念入りではありませんが、ラスキンの「写実的な自然」という信条を体現しているといえます。出典

ミレー「ツバメよ、ツバメ」個人蔵、1864年
モデルはアリスで、19歳でした。本作はテニスンの詩、「姫君」の一場面を描いています。恋患いの語り手は、ツバメに「私の愛する人の所へ行って、彼女をくどいてくれ」と言います。ここに描かれているのは語り手の恋人で、ツバメには気付いていない様子ですが、ツバメの伝言に応えます。手に持っている白いバラは、彼女の清らかさを示すものでしょう。エフィーがラスキンとの婚姻無効の手続きをする間、ミレーは2年間ほどエフィーに会えず、本作にはその体験が反映されています。出典

J.E.ミレー「ソフィー・ケアド」1880年
ミレーによる、ソフィーの最後の肖像画です。描かれたときは30台半ばだったはずですが、若い頃の面影はなく、実際の年齢よりも老けて見え、寂しそうな表情をしています。病気と、不幸な結婚生活で消耗した彼女の姿は見ていて悲しいものがあります。

【その他】

  • 結婚後、ミレーは大家族を扶養するためにラファエル前派の芸術的理念とは合致しない、大衆受けする作品を量産するようになりました。エフィー・ミレーは夫の有能なマネージャーで、絵の主題についてミレーと共に決めることもありました。
  • 2008年に、ある婦人が子供のころに誕生日プレゼントとして贈られ、何十年も屋根裏部屋でホコリをかぶっていた上の絵を鑑定に出したところ、ミレーによるエフィーの肖像画であると判明したそうです。
  • 今年5月に、エフィー、ラスキン、ミレーの関係に取材した映画、Effieが公開されます。小説が原作で、エマ・トンプソンが脚本を書き、ダコタ・ファニングがエフィーを演じています。
  • ラスキンはエフィーとの結婚が無効となった後、ローズ・ラ・トゥーシュという十代の少女と知り合い、婚約しましたが、ローズの両親が結婚を認めませんでした。ウラジーミル・ナボコフの小説、『ロリータ』はラスキンとローズとの関係からも着想を得ているそうです。
  • ミレー夫妻の末の息子は、著名な鳥類画家のジョン・ギル・ミレーです。

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