ラファエル前派の画家とモデル 10.マリア・ザンバコ


ロセッティ「マリア・ザンバコ」

Maria Zambaco (1843-1914)
裕福なイギリス系ギリシア人の商人、カサヴェッティの娘としてロンドンに生まれる。スレイド美術学校でロダンに師事し、彫刻家となった。マリア・ザンバコの作成した4枚のメダルが大英博物館に所蔵されている。1860年にザンバコ医師と結婚し、フランスへ移住したが、結婚生活はうまく行かず、ロンドンへ戻った。1866年にバーン・ジョーンズと出会って恋愛関係となり、二人は駆落ちを試み、マリアは自殺未遂騒動を起こした。二人の関係は1870年代初頭まで続き、恋愛関係が終わっても、マリアは魔女、誘惑者のモデルとしてバーン・ジョーンズの作品に登場した。

【モデルとなった主な作品】
バーン・ジョーンズ「キューピッドとプシュケ」クレメンス・セルス美術館、1870年

ロセッティ「柳」デラウェア美術館、1871年
マリアの母、カサヴェッティ夫人は、バーン・ジョーンズにマリアをモデルとしてプシュケを描くように依頼しました。キューピッドは幼児の姿で描かれる場合と、少年~青年の姿で描かれる場合とがあります。通常、恋人のプシュケと共に描かれる場合はプシュケの恋人にふさわしい青年の姿ですが、この作品では若い女性のプシュケの隣に、その子に見えるような赤ん坊のキューピッドが描かれているのが珍しいです。「柳」はロセッティがジェーン・モリスを描いた一枚です。色遣いや女性のポーズ、構図などが似ていると同時に、バーン・ジョーンズとマリア・ザンバコ、ロセッティとジェーンとの関係も相通じるものがあり、描かれたのもほぼ同時期なので、二つの作品の関係が気になるところです。


バーン・ジョーンズはマリアを描いた非常に繊細な、たくさんのスケッチをのこしています。

バーン・ジョーンズ「欺かれたマーリン」レディ・リーヴァー美術館、1877年
マリアとの恋愛関係が破綻すると、バーン・ジョーンズはマリアを魔女、誘惑者として描くようになりました。アーサー王伝説に登場する魔法使いのマーリンは、若い恋人である湖の乙女(名前はエレイン、ニムエ、ヴィヴィアン、ニニアン等あるようですが、ここでは「ヴィヴィアン」と表記します)にすべての魔法の知識を教え、ヴィヴィアンはマーリンをサンザシの木の中に閉じ込めます。ヴィヴィアンは頭に蛇をかぶっています。ロセッティのファム・ファタルであったジェーン・モリスが夫に幽閉される存在として「トロメイのピア」や「ペルセポネ」に描かれたのに対し、ここでは女性の方が力を失った男性を閉じ込める側になっているところが興味深いです。マーリンとヴィヴィアンには、バーン・ジョーンズとマリアの関係も投影されているのかもしれません。

バーン・ジョーンズ「フィリスとデモフォーン」バーミンガム美術館、1870年

バーン・ジョーンズ「フィリスとデモフォーン」レディ・リーヴァー美術館、1882年
デモフォーンは王女、フィリスと婚約していましたが、色々な用事を片付けるために結婚する前に故郷に戻りました。恋人の留守が長いので、戻らないものとして絶望したフィリスが自殺すると、哀れに思った神が彼女をアーモンドの木に変えました。デモフォーンが戻ってきて、後悔して木を抱くと、アーモンドに花が咲き、フィリスが現れて恋人を許しました(ギリシア神話)。バーン・ジョーンズはギリシア神話に取材した作品を好んで描きました。オヴィディウスやチョーサーがフィリスとデモフォーンについて書いていますが、それらによるとフィリスはアーモンドの木の中から現れたわけではなく、バーン・ジョーンズの独自の解釈です。絵には二つのヴァージョンがあり、上は水彩、下は油彩です。水彩の方はデモフォーンが素裸なので、当時センセーションを巻き起こしました。どちらの作品でも、フィリスに突然抱きつかれたデモフォーンは、驚いて逃げ出したさそうにも見えます。バーン・ジョーンズの描く女性は、慎ましやかでやさしげな、穏やかな印象の人が多いですが、シドニアやヴィヴィアン、フィリスのような能動的な女性像もあり、おもしろいです。


【その他】
  • ギリシア系の名高い美人で、従姉妹のマリー・スパルタリ・スティルマン、アグライア・コローニオとともにギリシア神話にちなみ、「三美神」と呼ばれました。
  • マリアの求愛者の一人は、彼女を「失礼で、近寄りがたい」と書いています。
  • ジョージアナ・バーン・ジョーンズは『エドワード・バーン・ジョーンズの思い出』という回想記を書いていますが、バーン・ジョーンズとマリアの駆落ちについては言及がありません。
  • 「欺かれたマーリン」はバーバラ・ヴァインの小説、『ソロモン王の絨毯』に登場します。
  • 映画、『17歳の肖像』には競売のシーンで「フィリスとデモフォーン」が顔を出していました。

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